コード分析の時代 ーその時代を代表するコードの分析

初めて、村上春樹がわかったような気がする。共感はしないが。

 

新潮 2017年 06 月号 [雑誌]

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 買ってきた。

今の政治状況を、憲法を絡めて、うまく説明できそうな気がしてきた。
自民、「リベラル」、維新、公明の4軸がありそうだ。
自民はプロイセン志向、維新はアメリカ志向で、原理的な対立軸がある。しかし、彼らはあまりに「存在的」で、それに対するのが、存在論的な公明。すなわち、名ではなく、論理を説く、理性主義。そうして初めて「リベラル」が理解できる。
「リベラル」とは主意主義だったのだ。対立を所与として受け入れさせられるが、しかし、存在は対立に先立つがゆえに、対立をして、対立の外を遠望する。それを疎外と呼んでも良いし、喪失感と呼んでも良い。つまり、代表的な論者が、村上春樹。構造的な限界を運動によって捉えようとして捉えられないジレンマに常に苛まされる。そして、世界は主観的な必然によって捉えられる。彼らがいつも問題にするのは実は主体で、対象ではない。したがって、自己を対象化できずに、常に、自己を見失っている状態だ。

(存在的)プロイセン憲法志向の自民、アメリカ憲法志向の維新、名ではなくロジックで憲法を捉える(存在論的な)公明、「自民」という所与の対立軸(だから、同じくプロイセン志向でも、各論で争ったり、先鋭化してソ連を指向したりする。)とそれを与える者に対する運動だけがある「リベラル」。
まだまだ拙い捉え方だが、論理の在り様による色分けは、モノになりそうな気がする。