ビザンチン将軍問題(二人の将軍問題)とネット軍

ネットポリスだと間に合わない。

twitter.com

将軍たちの争いである。裏切りの将軍もゐる。

【奴隷意志論と信仰義認】
自由意志/奴隷意志、行為義認/信仰義認の対立は、単独で善行を為しうるか※、という問題設定であり、特に最初期の近代人モデルに、どのような影響を与え、また「道徳」という名で、近代社会(における構成単位、近代人)の「仕様」として、普及が目指され、実際に普及していったか。

※単独で善行を為しうるならば、自由意志がある、という命題とその対偶によって問題設定されるが、これは循環的であり、自由意志があるとは、単独で善行を為しうることである。なにを以て善行とするかは審判されなければならないことで、人間自身に判断できないが、まずは認識とは切り離されたそれ自身で成立する善行(そのもの)を措定したうえで、仮にそれが善行と自ら認識できなくても、善行を為しうることができるとすればなぜか、という複文的な問題であり、再帰的な問題である。自由意志がないならば単独で善行を為しえないにも関わらず、善行が為しえるとすれば、神の恩寵であり、各意志と各行為と世界の調和において、無謬な創造主に偶然はあるか、という問題を内在し、人間に認識できない善行(そのもの)の創造において神を必要とするか、という問題と(善行(そのもの)は創造物ではない、という背理の可能性を胚胎して)言い換えることができる。
また、善行の収支表という発想を伴っている(が、善行という「名詞」が、加算名詞か不加算名詞かは問わないー人間の認識能力の限界⦅神の認識能力の無限界⦆という問題を内在するからである)。

駄目だ、頭が火照って、まともに考えられない。自信がない。
《善行(そのもの)》《偶然》を巡る意志の誤謬の問題が、神の恩寵を構造的には必要としない(構成的には、理性として、近代社会の構成単位である人間存在に封印された※)近代において、行為の誤謬の問題に如何に転換されたか、存在論から行為論へ如何に転換していったか、ということも、あろうか?
※この限りにおいて、人間存在とは、予定調和的であったと言える。
→なぜ我々は「リベラル」に苦しめられるのか。

【不穏な人間】の受容のロジックと社会構成の系譜

 古典など

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)

 
フランケンシュタイン (新潮文庫)

フランケンシュタイン (新潮文庫)

 
ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)

ジーキル博士とハイド氏 (新潮文庫)

  • 作者: スティーヴンソン,Robert Louis Stevenson,田中西二郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1967/03/02
  • メディア: ペーパーバック
  • 購入: 4人 クリック: 12回
  • この商品を含むブログ (62件) を見る
 
グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

 
時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)

時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)

 
ヒステリー研究〈初版〉 (中公クラシックス)

ヒステリー研究〈初版〉 (中公クラシックス)

 

 芥川賞の系譜

太陽の季節 (新潮文庫)

太陽の季節 (新潮文庫)

 
赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

 
新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

 
ぬるい毒

ぬるい毒

 
コンビニ人間 (文春e-book)

コンビニ人間 (文春e-book)

 

 

 語ることの構成的意義ー《自己》の量化から考えると