なにをいうとるんや。
相変わらずの破綻パターンだね。貴方はやっぱり変わっていると思う。無内容なことを言っているのは池田だよ。だから言葉が詰まっているのに、それがわからない。
どこで破綻したかというと、養子縁組で。まったく知らないで言ってたことがどこかでわかったんじゃないかね。いつもだけれどね、法的リテラシーが欠如しているのは。
ダサいかどうかは知らないが、高市首相本人(そもそもいい大人が、呼び捨てが必ずしも悪いかどうかは知らないが、悪ぶって呼び捨てにすることがかなり「痛い」が)乃至政権批判を政策の技術レベルで言えないのは、全員、戦前的で、「ダサい」以前におぞましい。なぜなら、ファシストの自覚がないから。
まずは民主主義を自由民主主義のパースペクティブに置いた上で、その不全性を自覚できないと。「民主主義は良いこと」ではありません。
いまだに戦前と戦後の区別が十分につけられないのがいることが(戦前の体制批判をする人間はいるが、要は、敗戦時においてすら近衛が言葉を吐くありさまだったのであって、それは方法論的な問題。近衛に関して言えば、単純に、京都学派の限界。戦後は単に体制が変わった話ではない。それは特殊な理解)。
基礎教養ではないね。その勘違いが戦後とは違う(戦前からの)「戦後」だよ。
「基礎教養」の名を冠してよいのは、ジェンダー論ではなく自由論。
なぜなら、人権の現実態は自由であり、人権と直接結びつくのは自由論的自由だから。
ジェンダー論は、その自由が具体的な社会関係の中でどう争点化されるかを扱う応用的・争点的教養である。
要するに、ジェンダー論はイシューであり、自由論は基底である。
ジェンダー論は一つのviewを与えるが、自由論は諸 view を人権論として成立させる形式を与える。
だから、「基礎」の名を冠するべきなのは、自由論的自由というときのをめぐる陳述、すなわち自由を論ずる哲学があるとき、その自由。「教養」の名を冠するのは、この意味での哲学である。
「Bad東大」=「戦前」の図式が成り立つ。
京都学派、Bad東大、そういうことだよ。
あれ?これ前のワールドカップだったかな、でも同じことを言ってなかったかな?
ワールドカップくらいしかサッカーを見ないからだけれど。カバーにまわったけれど、左利きで、云々ってあったような。
agora-web.jp
今年いっぱいもってくれればなぁ。
- KANをホッジ・シアターにかけるのは「ワルラスが経済学に導入した数学は、計算のためというよりは記述言語として使われており、連立方程式の数と未知数の数が一致することを示すことで、たいていの場合は解が存在する、ということに留まる。逆に、この壮大なモデルの穴を埋めていくことが、その後の経済学者の関心を引いたと言える。」(Wikipediaレオン・ワルラス)
こういったことなのか聞いてみたら、結構、フリーズして。
これは、先ほどのアーベルの例と同じ構造です。
各点収束だけでは連続性は保存されない。
同様に、各履歴ごとの応答存在だけでは、全域的な斉一応答は保存されません。したがって、ホッジシアターでの具体的検証は、次の形になります。
効果領域では一致するかもしれない。
つまり、KAN は第五独立単位の不生成という効果を当てるかもしれない。
しかし、構成については、
です。
このとき、ホッジシアターはこう判定します。
最も短く言えば、
\boxed{ \text{ホッジシアターは「飛躍した翻訳」を見つける。} }そして、あなたの四色性証明にとって本質的なのは、後者です。
なぜなら問題は、KAN がどの演算で誤ったかではなく、掛け算世界の構成を足し算世界へ翻訳した時点で、すでに何が消えているかだからです。
ここらへんをもう少し具体性を伴って言えると、ガザ―リーからAIまでを串刺しして、エピローグをまとめれるのだけれど。結局、陳述論、或いは、AI論になっちゃったからね。「論」というか「説」かもしれないけれど。
ちなみに、
数学教育のエッセイで、帰納法を重視しているから、それも註で入れられたらよいけれど、ChatGPTのスレッドが限界に達して、ぐるぐるしたまま戻らないから。そもそも終えられるかどうか。プロローグも見られなくなったな。どうしよ。ガザ―リー本って、デジタル本で購買できるものだと本文検索できないけれど、ネットだとAIが検索してくれるから、すごく便利で、原文を確認しやすかった。
それとは別に、
ハロワの求人票の登録が「地獄作業」だったから、マジで消耗したけれど—なんで俺が全部一人でやらなあかんのや—
俺、頼んだよね、面接の調製については。「手分けする」って学校で習ったことがないんだろうね、近隣の小中学校では教えないから。
「瀬島機関」―古典的ヒエラルキー(情報の非対称に基づく下部支配構造)を前提にレイヤーごとの業務に集中させる(情報に縦の「壁」を作って、互いに浸潤しない;ただし、上位は下位を総括できる。下位には下位どうしの横の「壁」もあるため)システムに過ぎないんだけれど、したがって、そういう組織構造を完備していないと、元参謀は役に立たないのだけれど—参謀自身にとってはそれが自然であるため「機関」を作ろうと思ってしているわけではない。単に、それ以外できない—、例えば、赤城さんが自殺した近畿財務局もこの典型。
その前に、なんでこういう組織が戦前尊ばれたかというと—というか、「組織」として最初に表われたかというと、すごく単純な理由で、自然、すなわち、物理制約が大きかったからだよ。これがわかっていないと、なんで赤城さんが苦しんだかがわからない。
「近畿財務局」ってところが最大のポイントなんだね。関西がどうのこうのじゃなく、「物理的制約が大きい」んだよ。だから、所謂めくら判になりやすいわけ。じゃないと、起案を差し戻すのは、あまりに大変、というか、非経済的なんだよ。「差し戻すほどの利益がない」んだよ。
あ!そうだ。ひとつ似たような例があるかもしれない。
監査。
監査もいろんあレベルがあるけれど、本省(財務省)の監査は死ぬほどビビっている。
監査ってそもそも嫌なんだけれど、レベルがあるよねって話。
語り草になっちゃう。「一回、本省に呼ばれてなぁ」って。
「え?」ってなるわけ。意外に大変じゃないの。相手も面倒臭いから。
だけれども、「一方的な関係」なんだよね。まぁ、スターリン・ノックですよ。
生殺与奪の権限を握られているようなね。
そのときでも、一番大変で嫌なのは、そもそも東京に行くことなんだよ。
「うわぁ、本省に呼びつけられたら、何回東京に行かなアカンのや」って。
どうしても時間がかかるから、年度跨いだりしてね。
跨いだら、跨ぐ手続きをしなきゃなんない。そこでまたひと悶着や(実際は「かもしれない」程度)。
「地獄のロードや」って感じる理由です。実際は流れるままかもしれないけれど。
そんなこと赤城の妻にわからんやろ。知りたがっとるけれどさ。
それを煽るのは犯罪的だよ。まぁ、まともな神経の持ち主ではない。
左翼っておかしな人間の集まりだからね。間違ってないでしょ。
そういうバイアスがある中で、古典的ヒエラルキーが成立して、下位の赤城さんが、地場の問題の解決に—どういう理由かは知らないけれど。知りませんよ—身の危険を感じたって話だよ。
相手が怖かっただけだよ。それをマスコミはまるっと財務省―というか安倍元首相のせいにしただけ。マスコミの犯罪だよ。
赤城さんの妻が真相を知りたいって言っていたけれどさ、真相はこんなところですよ。相手は名うての「世間師」なんだから。こういう言い方をしますけれどね。
そんなことを言っても、たぶん、理解できない。
だから、財務省はパワハラだけは認めるんだよ。「文書改ざん」なんて政治だよね。本音で認めるはずがない。仕事にならんやろ。権限ある人間が裁量で「仕事をした」ってだけの話ですよ。そんなことは下っ端にわからん。「あ、そうなんだ」ってだけですよ。ただ、「塩漬けリスク案件」だったから「びびった」だけです。思いつめちゃって、極めて残念なことになっただけです。休んだ方がよかったね。
だから、パワハラは認めるんだよ。
今のこのご時世で、「勝手に思い込んだ」じゃ済まないってことだね。実際はそうなんだけれど、精神的に追い込むような状況を作ったことに、責任(コスト)を認めたって話だよ。財務省がコストを認めたんだよ、結構な「勝利」だよ。
人間って、意外に簡単に死ぬからね。だって、小さいころから、そういう風に学校で訓練されるからね。
作成しました。
v15対応の操作マニュアルを、最初から再構成しています。
反映内容です。
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「人間」という表現は使わず、操作担当/確認担当/RPA実行担当/保守担当に置き換え
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実際に操作するシートを、色付きタグで区分
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どのシートを触るべきかを先頭で明示
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09/10の新配線、276項目モデル、10シートのI列・K列の扱いを説明
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RPA実行、赤色・オレンジ色警告、送信前確認、差戻し対応まで記載
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DOCXはレンダリング確認済みです。
あまりに大変だから、RPAでシナリオ作れば自動化できるって話が組織のDXから流れて来から、実装しようと思ったら。まぁ、それが大変。求人票の登録フォームって大変で、かなり項目数が多くて、実際には1件あたり100~110ほどしか入力しないにしても、4件同時募集でだそうと思ったら、条件を厳密に整えなければならないから、今までのように「放り出せばなんとかなる」ってわけにはいかないんだよね(だから、
バラバラなんだよ、いままでの出し方は。それを整理するところから始めなければならなかった。要はね、適当に「担当者の自己責任」でやって、四敗しして「笑っていればいいじゃん」って話で、そうすればみな「同じ」だよって)。つまり、いい加減なの。だけれど、それは去年までの単発の話であってね。ね、人事が出鱈目になる理由がわかるでしょ。だって、”みんな”、いい加減だから。そうすると、「明らかにおかしいだろ」ってのが課長になっても「笑って」済ませられる。いつものことだから。そういう風に出世してきたからね。本当に。正味、飲み会要員やわな。「飲む」のも大事なんじゃない?管理職ともなると、給与も〇級以上で、金もあるだろうしね。
その作業がまじで地獄でさ。まじで「まつり状態」だよ。
あまりに、無理ゲーだから、マスタ(入力項目帳票)つくって管理しようと思って自分で作ったときは1件あたりA4用紙5枚だから、4件で20枚(重複含めて450項目)で「これはさすがしんどいな」と思って、掲示板にRなんちゃらで自動化できるってDX方面から流れて来て、そらええわ、と思って、ChatGPTに厚生労働省の求人登録フォームの白紙画面をコピペしてものを6ページと、そのほか、入力方法画面、注意画面も合わせて読み込ませてつくらせたら、あっという間に作ったのはいいが、とんでもないことになった。


要件定義の設定から始めたからあるけれど、要は、本当は、これだけの事業だってことだよね。いい加減に「笑って」できるはずがないだろ。
で、俺、面接の段取りは頼んだよね。
なんでまたこっちに返ってくるんだよ。やる気ねえな、本当に。
いい加減に「個人営業」したくねえんだけれど。作業を「お願い」したわけじゃないんだよ。「レイヤー」に切り分けて「手分けして」事業にあたって欲しいんだよ。とにかくバラバラ。なんでかな?と思うんだけれど。
「瀬島機関」どころじゃないんだよ、
小中学校のときに何やってたの?って話なんだよね。まともに授業受けてた?本当に?ドリルやるだけが「学校」じゃないよ?。
今年でひと区切りだね。残念だけれど。トップが悪すぎる。
「私のときは」もおかしいからね。そもそも私は課長補佐じゃないし。トップが明らかに狂っている。ASDだと思うよ。経歴見ても。
普通はプレッシャーとそれなりの責任感で口出ししちゃうところを気にせずにいられただけで、それで自動的に卒業したってだけでしょ。正味の話。それを周囲が勝手に評価しちゃった。結局、「反応が鈍い」王道じゃないルートを辿る人間に嫌なことを押し付けて来ただけで。それはお前がASDだからで、他の人間が耐えられるわけじゃない。
tiki
★★☆☆☆ 1,2章までで十分。あとは駄文。
2022年1月11日に日本でレビュー済み
フォーマット: 新書
1,2章までを読めば、「アサーション」がなにかはわかります。
3章以降は、正直読む価値がないと思います。
例をあげると、3章ではアサーションを妨げる
5つの考え方が紹介されています。そのうちの一つに、「危険や恐怖に出会うと、心配になり何もできなくなる」とあります。これは「考え方」でしょうか。
この場合、「危険や恐怖に出会うと、心配ばかりしてしまう」が考え方で、「なにもできなくなる」はその結果ではないでしょうか。
このように、本書で言いたいことを噛み砕くのに力を使います。
またこれは意図的なのですが、これら考え方の例には「誰が」がありません。そのせいで、誰目線の話か、自分がどの立場で受け取ればいいかが定まっておらず、混乱のもとになっています。
4章はさらに酷く、「本として読みにくいポイント」がたくさんあります。
アサーションの考え方自体はためになりますし、誰もがアサーティブなコミュニケーションをとれる世の中になれば社会はより良くなるでしょう。
ただ、この本はその『実践書ではない』ということは留意したほうが良いです。
この本を買って読むより、この本の内容をうまくまとめてあり、実践的なヒントが書かれている本(あるいはホームページ)を探すことをおすすめします。
それは誤読だね。
- 「危険や恐怖に出会うと、心配ばかりしてしまう」が考え方
ではないよね。
- 「なにもできなくなる」はその結果ではないでしょうか。
その通りだよね。
すうわち、「心配」は「考え方」ではないが、「心配」の「結果なにもできなくなる」ことは言える。そう。じゃあ「考え方」は当然、「何もできなくなる」に含意されている。つまり、「考え方」の語彙の意味するところを誤用しているのだ。もしかしたら、これは翻訳の都合であって、英語ならもっと自然に受け取れるのかもしれない。
"think"或いは"consider"かもしれないけれど、カント(の英訳)に従って、"think"とすると、「心配」が〈think〉を[avoid]する"construction"があるのかもしれないよね。このときに、
- 〈a〉は作用
- 〈think〉の場合、統覚作用
- [b]は制限機序※
- [avoid]の場合、統覚作用を安全条件に限る制限機序
- ※単なる「反対」でない。或る文脈に「限る」うえで制御する。別の文脈の「場合」まで読み込むことまでしない。cf.心理学用語の「反動形成」。「心配」の反対物を形成する。例)恐怖の場合には強がり、不安の場合には過剰適応、敵意の場合には親切
- ”c” は名辞(名)
- “construction / pattern”=その制限的回避構造の名
だ。要は、日本人って基本的語彙に「哲学」が入って来ないんだよね。ここでいう「哲学」はもちろん西洋哲学なんだけれど。
日本語の場合、「考え方」の「方」は「仕方」すなわち「方法」であって、「目的をもって達する」(現代国語例解辞典第4版)ことを意味するから「考えない」ことは含まれないんだよね。それだと頓智に成っちゃう。
ChatGPTに聞いたら、英語に翻訳しても、文としては似たような構成なんだけれど(「心配になり、何もできなくなる」;"I become anxious and unable to do anything.""When I feel afraid, I can’t act.")このとき、”unable to do anything”に対する”a reaction pattern”じゃないか、ということで、大切なのは、”thought pattern”もここに入って来るんだよね。
心配はやっぱり英語でも「考え方」じゃないんだよ。ChatGPTも言っているけれど、"way"じゃないんだよ。例えば、”pattarn”なんだね。そうすると実は「意味不明な文」でない。「意味不明に感じられる文」である。「駄文」かというと、それは微妙。もっと日本語として適切な表現があるのは、ChatGPTも指摘している。「考えることを回避させる構え」「判断を停止させる構え」「行動以前に自己を無力化する構え」でいいんじゃないの、と提案しているよね。要は、「方」は「方法」という操作対象じゃなく反応を生むメカニズム(動作形式)のことだよね。
これは典型例で、日本人は(日本人がこれで十分と思っている一般教養では)「哲学」が入って来ないんだよね。日本人に哲学がないってわけじゃなく、要は、「神学系」と「仏教系」ととりあえず名付けるとすれば、それで十分なんだよ。例えば、「四季」とかね。これ政治なんだけれど、政治性が認知に溶け込んじゃって、誰も政治だとは思わない。せいぜい美学(趣味)だと思っている。普遍的になっているから、政治というよりも、哲学。美学じゃない。考え方。振る舞い方じゃない。「神学系」は要は古来の考証学。「仏教系」は存在論。或いは、実証学。だから、建築学も入って来るかなという感じ。古くは聖徳太子から、荘園時代の沼地の干拓、灌漑、城郭の建築。大型の平城なんて、仏教系の技術者がいなかったら不可能だったんじゃないかな。有名な話、朝鮮半島では、水車が江戸時代を通じて、できたのか、できなかったのか、「技術者が育っている」ってすごく大事なんだよ。理論だけじゃなく。能力として劣っていると短絡できる話ではない。社会状況だね。山城なんかだと面白いものがある。上り石垣ね。
とにかく、日本列島の場合、この2つが大筋として成立しているんじゃないかなと思う。
だから、「共同親権」とか、外来の法知識をうまく理解できなくなっちゃうというね。
それでも日本人ばっかりだから、なぜか話は噛み合って、よくわからない「議論」になる。共同親権だと、「DV夫」という妻を「被害者」として措定してしまうと、それが事実であっても、「連れ子婚」に一定程度の危険としてある「義父による性被害」に無頓着になる。だって、それは「妻の被害」ではないから。
人権って、だから、大事なんだよね。
だから、「或るフェミニスト」(特定の人ではありません。)が人権を語るのはやめてほしいと思っているんだよね(すべてのフェミニストではありません。)
だって、貴方たちは、人権ではなく「名」しか語っていないから。
民主主義ではなく、自由民主主義でなくては、ダメなんです。
「民主主義」と「自由民主主義」は反対物なの。非対称だけれどね。