☆「ホッジ劇場」と表現世界間比較

プロローグ 
Claude Artifact

第1原稿
Claude Artifact

第2原稿
Claude Artifact

三平方論文(英語 version)
Claude ArtifactClaude Artifact

第3原稿 
Claude Artifact

第4原稿
Claude Artifact

エピローグ 
Claude Artifact

ホッジ劇場厳密化の経緯
Claude Artifact

証明義務の目標相対的型付けと、履歴・効果の比較構造
Claude Artifact

 

モチーフとナラティブ

 

こうやって見ると、西原さんって、やっぱり不良なんだよね。
つまり、昭和の、 是認されてきた、、、、、、、、不良文化のナラティブで語りやすいかなって思う。

ダンスホール (Live Version)

これだけ他人を感動させ、共感を寄せられる西原さんでも、親子の葛藤は難しかったよね。どんだけ金があっても、家庭の文化とあといろいろね。

「是認されてきた」というのは、この文が過去形であることを指摘しているのだけれど、例えば、不良ががんばって云々、と言った時に、真面目な人間はずっとがんばっているんですけれど、と今だと言われるということ。

「みいちゃん」も「ちゃん付け」される「女の子」なんだけれど(職場でそんな呼び方をしたらセクハラ事案になる)。

『ナナ』や『上京物語』と比べて、『みいちゃんと山田さん』はどうなのか。
以前依頼を受けて書いていた同名漫画を、それがよかったかわるかったかはなかなかわからないが、それを書き直しているわけでしょう?どうなのかね。

エラリー・クリーンは、一人で二人格の名義でコンテストに出して、両方とも決勝にのこったんだっけ。

以前、「おぎやはぎ」じゃないし、なんとかって、女性二人で「運営」するひとつのペルソナがあってコンサルだったかマーケターだったかしていたけれど、そんな感じなのかね。

藤子不二雄とも違うしな。
「トイアンナ」か。

モチーフとナラティブ


www.youtube.com

『みいちゃんと山田さん』――文的モチーフを統合するナラティブの失敗と画のモチーフの成功
はじめに――本稿の対象

本稿が主として対象とするのは、亜月ねねがSNS上で発表した先行版の完結構成である。

講談社の商業連載版は、先行版を基礎としながらエピソードを増補した作品であり、2026年8月1日現在も連載中である。したがって、以下で述べる「ラスト」「結末」「ナラティブの失敗」という評価は、原則としてSNS先行版に対するものであり、商業連載版の最終的な評価を確定するものではない。

1 「漫画を書く」ということ――『ゴールデンカムイ』との比較

作者の公表した制作説明と作品の構成に照らすと、『みいちゃんと山田さん』は、発達障害や福祉についての啓発を第一目的とするよりも、人物と出来事を配置し、リアル感のあるヒューマンドラマを漫画として書くことを優先した作品と考えられる。

この点で比較できるのが『ゴールデンカムイ』である。

『ゴールデンカムイ』は、単純に「面白い物語」というより、漫画としての面白さを生み出すギミックに満ちた作品である。基本となる筋は、金塊争奪をめぐる典型的な冒険活劇であり、少年漫画らしい強固なナラティブを備えている。しかし、その物語の周囲には、アイヌの生活文化や信仰、狩猟と動植物の知識、「チタタㇷ゚」などの食文化、明治期北海道の歴史、軍事・武器・戦争経験、奇人変人の人物造形、身体を使ったギャグ、グルメ漫画的な面白さなど、膨大な周辺情報環境が組み込まれている。

読者は、金塊争奪の行方だけを追うのではない。料理、狩猟、民族文化、軍事史、人物の異様な身体性など、次々に提示される情報とギミックを楽しむ。言い換えれば、物語の本筋が、膨大な周辺情報を載せて走る強固な運搬装置として機能している。

もちろん、そこで示されるアイヌ文化が、広い北方地域に存在した多様な集団を十分に描き分けず、あたかも一つの均質な民族文化であるかのように見せてしまう、という批判は成り立つ。それでも作品全体は、最終的に冒険活劇のナラティブによって回収される。結末も、主人公とヒロインの結び付きを含む、少年漫画らしい「お約束」の帰結を備えている。

『みいちゃんと山田さん』にも、人物、風俗、笑い、不穏さ、各話の引き、視覚的な異化などを、漫画としての面白さへ変換しようとする志向がある。

この観点に立てば、作品をめぐって「発達障害」として問題化されている要素は、先に設定された啓発命題ではなく、人物関係と社会的環境を構成する複数の要素の一つとして選択されたと考えられる。

ただし、それが制作上の出発点ではなかったとしても、完成した作品の中で単なる偶有的素材にとどまるわけではない。人物の行動、他者との関係、生活上の困難に反復して関わる以上、それが他の人物や出来事とどのように結び付き、作品全体にどのような納得感を与えるかは問われる。

ここで問題になるのが、文的モチーフと、それらを結び付けるナラティブである。

2 「物議」の先例――『透明なゆりかご』と『コウノドリ』

『みいちゃんと山田さん』をめぐる現在の物議には、先例がある。それが、沖田×華の『透明なゆりかご』をめぐる反応である。

『透明なゆりかご』は、産婦人科を舞台に、妊娠、出産、中絶、死などを扱いながら、原作では低頭身のデフォルメとギャグタッチを用いている。沖田×華自身も当事者性を公表しているが、本稿が参照した一部の「界隈」の受容言説では、その表現方法に厳しい批判が向けられた。

それに対して、同じく周産期医療を扱う『コウノドリ』のような作品は、強く推奨されやすかった。

ここには、単なる作品の質の比較だけではなく、語りの形式をめぐる選別がある。

『コウノドリ』は、医師を中心に据えた専門職的・医療的ナラティブを持つ。何が問題なのか、どのような医学的事情があるのか、専門家はどう判断するのかが比較的明瞭に整理される。そのため、医療や支援に関心を持つ「界隈」にとって、正しい理解へ導く作品として推薦しやすい。

これに対して『透明なゆりかご』は、当事者的・体験的・漫画的な視線から、笑い、戸惑い、残酷さ、未整理な感情を含んだまま現場を提示する。正しい受け止め方を専門家が最後まで説明してくれるとは限らない。

つまり、ここで起きていたのは、

  • 専門家によって整理された語りは「丁寧な啓発」として歓迎されるが、当事者や現場の人間がギャグやデフォルメを用いて語ると、「不適切な表象」として警戒される

という構図である。

しかし、『透明なゆりかご』の原作漫画には講談社漫画賞の受賞実績があり、ドラマ版も高い評価を得た。一部の「界隈」による批判が、作品全体の価値を決定したわけではない。

その評価の原因を一つに確定することはできないが、本稿がドラマ版について注目するのは、実写化によって人物が生身の身体と「リアリティーのある顔」を得ながら、台詞による説明にすべてを回収しなかった点である。

人物の感情や出来事の意味を説明しすぎず、表情、視線、沈黙、間に語らせる。原作のデフォルメされた人物は、実写化によって必然的に生身の身体と顔を持つことになったが、その顔を説明の多さによって固定しなかったため、顔そのものが意味を担うことができた。

『透明なゆりかご』で、漫画から実写ドラマへの媒体変更によって起きたこの転換を、亜月ねねは一つの漫画作品の内部で行った。

3 画のモチーフ――ローゼ=ヴェヒトラーとオフィーリア

『みいちゃんと山田さん』における「リアルみいちゃん」は、隠されていた客観的な素顔を公開した場面というより、それまでの見え方を破壊する異化と考えるべきである。

読者は、それまでのデフォルメされた絵によって、みいちゃんを無邪気で、滑稽で、どこかかわいらしく、保護されるべき存在として見ていた。そこに突然、異なる描画体系が侵入する。頭身、線、陰影、顔貌が変わり、それまで親しんでいた人物が別の相貌を見せる。

このとき異化されているのは、みいちゃんだけではない。読者自身の「見る行為」である。

読者は、新しい顔を見せられると同時に、

  • それまで自分は何を見ていたのか。
    デフォルメされた顔と写実的な顔のどちらが本当なのか。
    相手に対する感情が変われば、同じ人間の顔も違って見えるのではないか。

と問われる。

ただし、写実的な顔だけが「本当の顔」であり、それまでのデフォルメされた顔が偽物だったということではない。

同じ人物が、描画の形式と見る側の感情によって、まったく異なる相貌を現す。画が示すのは、人物の唯一の本質ではなく、それまでの描画体系では表に出ていなかった相貌と、読者がその人物を見る関係の変化である。

この画のモチーフを考えるうえで、エルフリーデ・ローゼ=ヴェヒトラーとオフィーリアという二つの比較軸を置くことができる。

以下の二つは、作者の直接的な影響関係を主張するものではない。画面が行う二方向の変換を記述するために、本稿が設定する補助線である。

ローゼ=ヴェヒトラーは、精神科施設にいた患者たちを繰り返し描いた。そこでは、患者は診断名や医学的類型としてではなく、固有の顔、姿勢、視線を持つ一人の人間として現れる。

亜月ねねがローゼ=ヴェヒトラーを直接参照したと考える根拠はなく、両者の間に直接の影響関係を想定する必要もない。

一方、亜月ねねは学生時代に法廷画の仕事を経験している。この経験は、制度的な名称や文章的説明の背後にある人物の具体的な姿勢や相貌を、画によって捉えるという本作の表現を考えるうえで、直接的な契機の一つになったのだろう。

法廷では、人物は「被告人」という制度上の地位や、罪名、供述、判決などによって文章的に把握される。しかし法廷画が捉えるのは、その人がどのような姿勢で座り、どこを見て、どのような顔をしているかである。制度的な情報の背後から、その人間の具体的な相貌が現れる。

ローゼ=ヴェヒトラーとの比較が、分類の背後から生きた個人の顔が現れる方向を示すとすれば、SNS先行版のラストに描かれる水中の身体は、オフィーリアの図像的系列との比較を許す。

オフィーリアは、水、植物、若い女性、狂気、死、沈黙、美しさを結び付ける、西洋美術史上の強力なモチーフである。『みいちゃんと山田さん』のラストも、みいちゃんの死を単なる事件処理の対象としてではなく、水中に横たわる女性の美術史的図像として定着させる。

したがって、この作品の画のモチーフには二つの極がある。

  • ローゼ=ヴェヒトラーとの比較によって捉えられる「生きている個人の顔」

    オフィーリアとの比較によって捉えられる「死んだ女性の身体」

である。

前者では、類型化された人物から固有の相貌が現れる。後者では、社会の中で雑然と生きていた人物が、死によって静謐な図像へ変換される。

一方は、生きている人間を分類から引き離して個体化する画である。もう一方は、個別具体的に生きていた女性を、美術史的な死の類型へ接続する画である。この二つは反対方向を向きながら、『みいちゃんと山田さん』の画面の中で共存している。

もちろん、オフィーリア的表象には、女性の狂気や死を美化し、声を失った身体を鑑賞物にするという、現代的には問題化され得る側面がある。

シェイクスピアの作品や、後世のオフィーリア表象そのものも、現在の倫理的・社会的基準から見れば問題を指摘できる。女性の受動性、狂気の美化、死体の美的消費などは、現代の「コンプライアンス」の観点から無条件に通過するものではない。

しかし、問題を含む図像であることと、画のモチーフとして失敗していることは同じではない。むしろ、その危うさを含んだまま強く記憶に残ることが、オフィーリアという図像の力でもある。

4 文的モチーフを統合するナラティブの失敗――『大日本人』との比較

一方、『みいちゃんと山田さん』は、文の側では結果的に失敗したと考えられる。

ここでいう文的モチーフとは、人物の性格や属性、反復される行動、生活上の出来事、他者との関係、場面同士の対照など、物語の意味を作る材料である。

ナラティブは、それらを時間、因果、対立、期待、反復、裏切り、関係の変化、結末による回収などによって結び、一つの長編として動かす構成である。

『みいちゃんと山田さん』に文的モチーフが欠けていたわけではない。

みいちゃんの性格、家庭、仕事、身体、金銭、他者との関係、山田さんの親切と苛立ち、周囲の欲望や搾取など、多数の人物的・社会的モチーフが配置されている。

失敗したのは、それらのモチーフ群を、冒頭から示された死の場面へ結び付けるナラティブである。

この失敗は、松本人志の映画『大日本人』と比較できる。

『大日本人』は、擬似ドキュメンタリー形式、冴えない主人公、巨大化するヒーロー、怪獣、社会からの冷たい視線など、局所的には面白い仕掛けを数多く持つ。CGによる視覚的な実験と、松本人志がテレビで行ってきた笑いの形式を、映画へ移す試みとして理解できる。

しかし、それを映画の尺で行うと、観客は個々のギャグや視覚的実験だけではなく、長時間の蓄積が最後にどのような意味を形成するのかを期待する。

ところが結末は、それまでに醸成された雰囲気や人物の孤独を十分に引き受けず、テレビ的なコントへ逸脱する。その結果、観客は単に「意外だった」のではなく、「白けた」。

作品の構成が読者や観客に形成した規範的期待に応えられなければ、作り手が個々の意図した表現を実現していても、作品全体として失敗し得る。

短いテレビのコントとして成立することを映画の尺へ引き延ばせば、途中の蓄積に見合うナラティブが必要になる。そこが弱ければ、個々のギミックが面白くても、作品全体としては冗長になる。

『みいちゃんと山田さん』も同様である。

作品は最初から、みいちゃんが死ぬことを固定している。この形式では、読者は「死ぬかどうか」ではなく、

  • なぜこの人物は死ぬのか。
    それまでの生と死はどのような意味で結び付くのか。
    冒頭で示された死を知ったうえで、途中の出来事をどう読み直すのか。

を追うことになる。

みいちゃんが生きている間には、仕事、生活、身体、欲望、失敗、親切、嘲笑、搾取、山田さんとの関係など、さまざまな場面が配置される。

それらは、一つ一つ独立したエピソードではない。冒頭ですでに死が示されている以上、読者は各場面を、その死との関係を予期しながら読む。

したがって、死を先に示す構成は、ナラティブを不要にするのではない。むしろ、途中の生の場面と、最後の死の場面との間に、強い関係を形成することを作品へ要求する。

ここで必要なのは、各出来事が死の直接原因になることではない。

みいちゃんがこのように生きたから、論理的・必然的にこの死に至った、と説明する必要はない。偶然の死を描くことも、不条理や意味の断絶を描くことも可能である。

問題は、なぜこれらの生の場面とこの死の場面が、同じ人物をめぐる一つの長編として配置されたのかを、読者が把握できる関係が形成されたかどうかである。

SNS先行版が最終的に、

  • 人はあっけなく死に得て、生を一つの意味ある物語へ統合しようとする試みも、偶発的な死によって中断され得る。

という認識へ至ること自体は、一つの主題的結論として成立し得る。そこから生じる情感は、世俗的な無常感と呼ぶことができるだろう。

しかし、それは、意味への執着を自覚的に手放す生き方や、その先にある安らぎを示す仏教的な無常観ではない。

また、この認識を結論として掲げることと、それが人物と出来事の展開によってナラティブとして形成されていることは別である。

問題は、意味づけの中断が、それ以前に配置された人物と出来事の関係から構成されたのか、それとも諸要素を十分に統合できなかった後に、一般的な人生観として置かれたのかである。

意味の成立しなさを作品の展開によって構成することと、配置した人物や出来事を一つの意味へ統合できなかったことは違う。

前者では、登場人物や読者が生に意味を与えようとする運動と、その試みが偶発的な死によって中断される過程そのものが、作品内の人物、出来事、関係の展開として示される。

後者では、人物や出来事を多数配置しながら、その関係を十分に構成できないまま、「人生に意味はない」という一般論が結末に置かれる。そこでは、無意味さが表現されたというより、意味を作れなかったことが無意味という命題によって覆われたように見える。

ここでは、「意味形成の挫折」の二つの意味を分けなければならない。

一つは、作中の人物が自らの生に意味を与えようとし、その試みが死や偶発的な出来事によって挫折することである。

もう一つは、作品が、配置した人物と出来事をナラティブとして統合し損なうことである。

前者は、作品によって描かれ得る主題である。後者は、その主題を作品として構成することに失敗したという批評的評価である。この二つは同じではない。

SNS先行版が前者を企図していた可能性はある。しかし、読者が後者として受け取り、最後に「白けた」のであれば、ナラティブとしては失敗したと評価してよい。

この「白け」は、救済がなかったことへの不満ではない。発達障害について正しい説明がなかったことへの不満でもない。

冒頭の死の提示、長編という形式、同じ人物への継続的な焦点によって、読者の側には、

  • この人物の生と死は、どのように結び付いているのか。

という規範的期待が形成される。

SNS先行版の文の失敗とは、その期待に十分に応えられなかったことである。

みいちゃんという人物を同じ人物として描けなかったのでも、人物の内面や本質を表現できなかったのでもない。

文的モチーフとして配置された生の諸場面を、冒頭から示された死の場面へ統合するナラティブが、長編として形成された期待を支え切れなかったのである。

5 ナラティブの失敗と画のモチーフの成功

したがって、『みいちゃんと山田さん』の評価は、成功作か失敗作かという一語では足りない。

SNS先行版には、

  • 読者を牽引する構成の巧みさ

  • 漫画としての豊富なギミック

  • 多数の文的モチーフ

  • 「リアルみいちゃん」による異化

  • 人物の顔を異なる造形言語で見せる画の強さ

  • オフィーリアとの比較を許す、記憶に残るラストの図像

  • 生の諸場面と死の場面を統合し切れないナラティブの弱さ

が同居している。

特に重要なのは、画の成功がナラティブの失敗を補償するわけではないことである。

「リアルみいちゃん」の顔が強烈だからといって、なぜこの人物の生と死が一つの長編として配置されたのかが説明されるわけではない。ラストの水中の身体がオフィーリア的な美しい図像として成立していても、それまでの人生と死の関係が、物語として十分な納得感を持つとは限らない。

反対に、ナラティブが失敗しているからといって、画のモチーフまで無価値になるわけでもない。

むしろ、この作品の特徴は、文と画の成否が一致しないことにある。

文の側では、生の場面を死の場面へ統合するナラティブが、長編として形成された期待を支え切れず、読者を白けさせる。

一方、画の側では、デフォルメされた人物から「リアルみいちゃん」を出現させることで、それまでの見え方を破壊し、読者と人物との関係を組み替える。さらに最後には、みいちゃんの身体をオフィーリア的な図像として記憶へ残す。

文は、生の諸場面と死の場面との関係を長編として十分に支え切れなかったが、画は死の場面を強く記憶へ定着させた。

画の成功は、みいちゃんの隠された「本質」を暴露したことにあるのではない。同じ人物について、それまでの描画では現れていなかった相貌を提示し、読者がその人物を見る行為そのものを異化したことにある。

このコントラストを踏まえると、SNS先行版の『みいちゃんと山田さん』は、次のように評価できる。

  • 『みいちゃんと山田さん』は、啓発上の正解を提示することより、人物、風俗、笑い、不穏さ、情報、構成上の仕掛けを漫画としての面白さへ変換することを志向した作品である。その点では『ゴールデンカムイ』と比較できる。しかし、『ゴールデンカムイ』を支える冒険活劇ほど強いナラティブを持たず、豊富に配置された文的モチーフを、冒頭から固定された死へ十分に統合できなかった。『大日本人』と同様に、長い形式が形成した期待を最後に回収できず、ナラティブとしては結果的に失敗した。一方で、ローゼ=ヴェヒトラーとの比較を許す生きた個人の顔から、オフィーリアとの比較を許す死の図像へ至る画のモチーフは、独自の異化として成功している。

現在の「物議」が、発達障害表象の適否だけに集中すると、この不均衡は見えなくなる。

『透明なゆりかご』より『コウノドリ』のような専門職中心の物語を好む一部の「界隈」の反応と同じく、正しい説明や専門家的ナラティブだけを作品へ要求すると、漫画がどのようなギミック、表情、異化、図像によって成り立っているのかが見落とされる。

SNS先行版の特徴は、まさにそのコントラストにある。

  • 漫画としてのギミックと文的モチーフは豊かである。
    画のモチーフは成功している。
    しかし、それらを結末へ統合するナラティブは?

なお、商業連載版は、先行版を増補しながら進行している。したがって、商業版が完結した時点では、生の諸場面と死の場面との関係が再構成されたかを、あらためて検討する必要がある。


まだ終わってないので、結論は保留。

私がこの感想文を書こうと思ったきっかけは、かなえ先生にある。かなえ先生が「悪意」という言葉を使っていたからである。私はそれが何のことかよく分からなくて、

「あぁ、そうか。かなえ先生は法学部出身だから―ただし、心理の方をたくさん勉強されたということなのだけれど―、美大出身で油画を専攻した作者とは、学部で訓練された捉え方が違うのかもしれないな」

と思った。このとき、

「その学習動機は、発端として消失点となって、あたかも最初から自分はそのような考えを内在化していた人間だと思い込むことが、『学習』のひとつの効果ではないか」

と私は思った。
そして、個々の学習過程で扱う文のモチーフと画のモチーフは違うのかもしれない、と思ったことが、この感想文を書こうとした動機である。

私は、勝手な解釈ではあるが、作者には共感していた。

ちなみに、沖田×華さんのファンでもあって、『透明なゆりかご』『お別れホスピタル』は全巻購入し、『不浄を拭うひと』はKindleの読み放題プランで、八割は読んでいるかな。
『コウノドリ』は読んでいないけれど、ミュージカルの『レ・ミゼラブル』は毛嫌いしている。同じく主演を務めたヒュー・ジャックマンの『グレイテスト・ショーマン』には感動したけれど――事実と異なることは承知しつつ。

要は、ロマン主義が近代化を駆動させてきたことは認めるけれど、その基本的な構造が「宗教的」―あるいはキリスト教的、法学的には「キリスト教の遺産」―であるから、警戒している。私が、「共産主義は制度としては民主主義だからこそファシズムだ」というのも、「キリスト教の遺産」を考える議論を継承してのものである。

上でいう「界隈」は、コミュニストに限定せず、いわゆる「リベラル」寄りな人たちと「思しき」人たちによる「騒動」を指している。
「界隈」と「騒動」は、厳密には意味がずれる。しかし、「界隈」が会話で成り立っているとき、「騒動」は、この会話の傾向を説明している。
要は、「『騒ぎ立てて』何かをかき消そうという人たちが、なんか居るよね。辺野古でも」ということである。

いや、辺野古を誤魔化すために、こちらで騒いでいるという意味ではない。

辺野古に関して言えば、純粋な法律問題を政治的なイシューにすり替えることを、なぜか、初速だけ異常な速さで―つまり爆発的な勢いで―やる人たちがいる、ということである。そして、やがて常識的な線に収まる。
というか、法制度は、騒いだところでどうにもならない。そういうとき、遺族が無駄に傷つくさまを見ることになる。健全な法社会から見れば、そのような「病態」を見ることになる※1。

ひとやすみ

えーと、なんだ。
そう、見慣れた「爆速過程」を、また見ているのだけれど、これが法律問題なら、政治的、あるいは運動的に「かき消せる」ことは「何一つ」ない。なぜかリベラルは、それが可能だと思い込んでいる。
ただし、オピニオンは大事ですよ。

件のエックスを見ると、なるほど、先行漫画では、文のナラティブも準備されていたのかもしれない。た
だ、こういう言い方はよくないのだけれど、若いね。どうしても。

知識が躍っているよね―ただし、原作者がほかにいたんでしょ。作画を担当したのであって。
「知識が躍っている」と言うときの心算は、

  • 培ったところから出てきたものではない

ということである。ただ、作者は、やはり美大出身というところで、原作を作者なりに咀嚼したのかなと思う。

それが「画のモチーフ」であると思う。

※1 例えば、「平和学習」なんて、義務教育において、ならびに義務教育を終えた後も、中等教育機関でカリキュラムに沿って主権者教育として行うことは、当たり前である。日本国憲法が平和主義を採っており、社会人の養成が学校に期待される社会的役割なのだから。ただ、その「平和学習」が、「学習」として健全でなければならない。
こんなことは、ある意味、大学の教養課程と同じで、その方法と内容に関して、標準的な過程が準備されるものである。特に初学者に対しては、教えられる内容が自由な検証に堪えられるように、総覧的、カタログ的、俯瞰的、彼岸的※2であることが求められる。

※2 「彼岸的」とは、なかなか学習過程では聞き慣れないが、ヘーゲルの語彙である。
つまり、カントに対する批判には当時の社会文脈があって、そこには、理性的な個人主義が生み出す、心的な葛藤がある。そういった意味で、辺野古の運動も――運動は、そもそも動機が問題になるので――ヘーゲル主義に帰着すると、私は思う。

ヘーゲルは神学者である。

もっと言えば、彼らは独特な未成熟さを抱えていると思う。
ただし、運動論に基づく社会構成は、それなりに構築されているので、ある程度、その構成的意味を知らないと、批判が空振りしてしまう。
例えば、彼らの団体を一般の会社と同じだと思うと、「そうではない」としか言いようがない。財産構成がそもそも違うし、権利能力も同じではない。したがって、責任能力の配分も同じではない、と思う。
私が「オープンエンド」というのは、そういったことなのだけれど、遺族の会見を拝見すると、「やっぱり学校の責任に行き着いたかな?」というところである―思いは、その会見で尽きることはないだろうけれども。学校は法律上の責任が明確ですからね―もちろん、船長の個人的責任は、別途ありますけれど。

それ以上のことに関しては、法制度的には「挑戦的」な領域になる可能性があるかな、と思う。ただ、統一教会問題でもそうでしたが、今は結構、社会が動いているので、こちらでも動く可能性はあるかなぁ、といったところ。統一教会問題も、団体の問題だったでしょ?

へー。すごいね。なんか、文学研究みたい。

いや、これってね、100年前くらいの議論。日本で言ったら、『小僧の神様』だよね。志賀直哉はもちろんエリートだったから、教養として、海外でも似たような話柄ってあったのだと思う—というか、確か、あったんじゃなかったかな。それが志賀に影響をあたえたかどうかは、とりあえず、置くとしても。

その後は、優生学への批判も出たし、ナチスの経験もしているので、って文脈が付くだけで。

エミール・ゾラ - Wikipedia

そうか。こういった方向では考えてなかったな。なるほど

13歳の時、小児性愛者の中年男性に薬を盛られ、強姦の被害に遭う。19歳の時、母はエマに英国へ帰り一緒に住むよう説得したが、エマはそれを拒否し、ロンドンの祖母の家に住んだ。20歳になったある日曜日、ダイヤモンド商の男に声をかけられたエマは、誘われるままに酒屋に入り、そのまま泥酔した後姦通され、男への憎しみと自らの魅力を認識するようになったとも言われている。この出来事がエマにとって栄光と破滅の始まりとなった。エマはその後祖母の家を出て、しばらくロンドンで自活の道を探していたが、やがて娼婦となり、幾人かの富裕層の男性と出会いを重ねることになる。彼女はそれなりにかわいらしく、社会性や機知に富み、慎重でもあったため、男達の中には単なる夜の関係以上に彼女に興味を抱く者も現れた。

コーラ・パール - Wikipedia

へー。私は、基本的に「知的障害ではなく、発達障害―就中、学習障害」だと思っていたけれど、モデルの方は作者が聞いたところでは(そのようなことで嘘をつくとも思えないけれど。)そういうことだったんだねぇ。申し訳ない。

 

一般自由意志 ℚ\ℤ                ダール・オルポート・OpenAI       

チーム未来は苦労しているが、なぜ苦労しているかがピンと来ない時代になった、ということを言ったのである。

高市さんが「格好良かった」のはこの時代である。

今では「それって性暴力じゃない?」と言われる時代である。

ケンはそれをまず言うべきだ。

アメリカだって、

ずいぶんと時間がかかった。


この段になると、やっぱりChatGPTの「一人勝ち」なのだ。
ClaudeはChaPのバディに最適だったが、ついてこられなくなりつつある。

お疲れ様。大変でしたね。
もう遅いけれど、男性も日焼け止め塗った方がいいと思う。
日焼けはやけど、やけどは病気。

へー、すごいね。おめでとうございます。

www2.nhk.or.jp

これも本当は「夜の連続テレビ小説」なんだよなぁ。


www.youtube.com

そのころ、まだみいちゃんばかったからね。あったら、山田さんは、橋本環奈だな。
そうしたら、なんとか賞もとれただろうに。

狙いは良かっただろうに、「朝」の制約がねぇ。

こういった指摘は無意味ではないが、あまり効果的ではない。

私は首相の一回り以上下の世代として、首相が、というよりもこの国の首相世代がこのような奇妙な考え方を選択してきたとしても「仕方がない」と思うからだ。

これが「奇妙」と評価できるのは、実は、歴史学的には否定されているからだ。

しかし、彼らはそれに興味がない。
そのことを責めても—なんというか、  をうっそうとした森の中で育てるようなものだ。森の中には森のエコシステムがあって、それに適した植物が育っている。

我々は

  1. 日本国民

であり、

  1. 敗戦国民

なのだ。

  1. について言えば、彼らが好む明治以来の近代国家建設にまでさかのぼる
  2. について言えば、戦後の文脈が「反省」という糊を以て、戦前の文脈に「裏張り」されてしまった経緯がある。

二重底になっているのだ。「開明的だ!」と思って扉を開けてもまだ、袋小路の中である。

  1. 私たちは、西欧の前近代社会を知らない。要は、デカルトのことも、スピノザもこともよくわからない。特に、スピノザがどれほどのインパクトを西欧社会に与えたかがピンと来ない。なぜか、この国では、ニーチェが好かれているのだが、実はニーチェのこともよくわからない。それでも、ニヒリズムが仏教と結びついて考えられてきた経緯があるので、好きになったようだ。そんな具体だが、スピノザだけは、仏教(実のところ、最初から習合思想であって、伝来後も、在野思想の影響も同様に大きいが、ここでは棚に上げる。)と折り合いがつかなかったようだ。さすがにスピノザの神理解を「八百万の神」で説明するのは無理があったようだ。しかし、実のところ、この置き換えられなさこそが西欧思想の理解すべきところであって、それがなおざりにされている。
    これが数学になると酷くて、岡潔の「情緒」などは、そもそも日本文化に対する誤解もあると思うのだが(「四季」は万葉の時代から政治である。本人は学問に政治を持ち込んだとは露ほどにも思っていない。しかし、実際には、以下の理由からもそう言える「節」はある。)、これは背景に、ヒルベルトとその愛弟子エミーネーターとの闘争がある。彼らは新しい「抽象的」な方法論―すなわち、哲学を提示したのであるが、それを文化的に捉えてしまった。これはヒルベルトとより近い、高木貞治にしても同じで、要は、日本人は数学を西洋哲学の方法論からは考えない。岡潔になると、和算家のレベルまで後退してしまった—あくまで哲学の話である。それ以降、ずっと、哲学に関して言えば、基本的に、交代したままであるようだ。数理哲学を専門とするのでもなければ。それでも数学はできるのだ。そこに日本人知識人の典型的な何かが見られる。
  2. 戦後においても、分析哲学とマルクス主義哲学が拮抗するということがあったらしい。不思議な話だが、マルクス主義哲学の方が圧倒的に優勢だったようだ。実は、日本の「戦後」とは、「反省」の名の下の戦前のリバイバルなのだ。
    日本の「路線闘争」とは、戦前のどの路線を正当に継承するかの争いで、もしかしたら、血統や家筋を気にしやすい日本人の気質なのかもしれない。まぁ、そこは海外でもそんなに違いはないかもしれないが。違うとしたら、具体的な話である。

 

  1. 正当な話をすれば、近代立憲主義以前に、近代団体主義が形成されていなければならず、実際に、日本の明治期から戦前にあってはそうだったのだが、その影が記憶としては残されにくい。要は、タームがいまだに確立していないのだ。
    これは「スピノザのインパクト」を欠いて「保革の折り合い」を「団体主義」という意味論でつけてこなかった所為だと思う。
    この国の教科書では、いや西欧の教科書でもそうらしいが、ホッブス/ルソー/  が並べられる。不思議な話で、なぜカントが出てこないのだろうと思う。しかも、ホッブスの扱いが悪い。実際のホッブスは良くも悪くも、いろいろなところに顔を出して居て、数学史にさえ顔を出す。単に、間違えていたのに円積問題でウォリスに難癖をつけた迷惑な人ではない。論理的には「独特」の才能があった「賢者」で(どうも頭が良いとは見做されていた。)、そのせいで単なる『リヴァイアサン』の著者以上の扱いは受けている。
    しかし、この国の歴史叙述は中国の影響を受けた所為か、西欧の教科書を丸写しした所為か、  的である。三人も時系列順にならべたのだから十分と思っているようだ。しかし、それでは観点ごとの説明は不可能となっている。
    要は、「観点」などどうでもいいのだ。
    なんとなく、教会の支配から脱して近代国家を建設し始めたくらいは、知っている。
  2. いや、それすらも怪しいのが、標準的な理解で、近代国家建設をそもそも資本主義や工業化と結びつけている。それは叙述された事実かもしれないが、近代国家建設の説明ではない。だからどうしても、近代団体主義を挙証する動機をかく。いきなり、立憲主義から始めるのだ。

 

  1. この経緯から、それに反発するのが保守となる。
  2. 要は、相互に前提を供与しあって、閉じているのだ。

そうするとこの手の動機を持たない人には、さっぱりわからない話となる。
しかし、この国では、60年代生まれ或いは70年代生まれあたりまで、要は、おそらく就職氷河期を乗り越えた後の世代までは、これがオーソドックスだったのだ。

一般自由意志 ℚ\ℤ                ダール・オルポート・OpenAI               Pander/Cater/Conform

こういう例もある。

www.hodatsushimizu.jp

近くに寺はあったんだけれど、何だったかな。泊めにくかったのかな?
一度はそちらに立ち寄ったけれど、十分な大きさがなかったのだったか、警護上問題があったのだったか、ちゃんと説明は聞いたのだけれど、忘れた。

「十村」はそういった意味でも重要だった。

なぜルソーがこんなに人気があるのか私にはまるでわからない。

VCとしてChatGPTとClaudeのシステムを始めたが、なかなかうまくゆかない。
ファイル交換システムは、ChatGPTの上限にあっという間にひっかかったので、メッセージコピペ方式に切り替えたが、これだと—まだ試していないが—Claudeに限界があるだろう。それで共有リンクも使う予定だが、そこまで行っていない。

単にプロジェクト内の会話の維持ならメッセージでやりとりするのは、OpenAIの想定したことだったろうが、VCは、技術的に云々ではなく、構成的にちょっと違う。
「マニフェスト」「ルール」「ヒストリー」「憲章」で統治する行政機構だからだ。

ChatGPTの構成では、

  1. ChatGPT
    1.  監理プロジェクト
      1.  監理総合 agent
      2. 憲章・主体論 agent
      3. 運用ガイダンス agent
      4. 具体例・ケースブック agent
      5. 台帳・検証・承認・履歴 agent
      6. AI心理学・マルチ主体理論 agent
      7. 教育・論文作成への応用 agent
    2. 事業プロジェクトP
      1. 管理 agent
      2. 管理 agent が指定した各イベント agent
    3. 事業プロジェクトQ
  2. Claude

となっている。各項目は、私との会話を通じて、ChatGPTが指定したものである。
"agent"とは会話のことである。このagentどうしでメッセージをやりとりする。それがChatGPT内にとどまらず、Claudeともそうする構想である。これは四色問題を考えたときに、そうしたからである。

とりあえず簡単なところで、

crd.ndl.go.jp

リファレンスで受けるような素朴な質問に半自動で回答させるプロジェクトを開始したが、一筋縄で行かない。

プロジェクトを開始し、ChatGPTに説明したら、管理 agent は直ちにイベントagentを指定したので、会話開始メッセージを発行させ、プロジェクト内でそれぞれ会話を開始した。半自動なのは、私がメッセンジャーとなって、各 agent を仲介するからである。

テキパキと進んだのであるが、どうも面白くないので、チャチャを入れる。
この過程でファイル交換方式が限界が来たので、メッセージコピペ方式へ移行。

管理 agent が各イベント agent に指示を出し、各イベント agent は指示を実行したら管理 agent へ返す。管理 agent はそれを受けて次の指示を出す。さすがAIだけあって、ここらへんの段取りは素晴らしい。複数 agents に淀みなく指示を出す。

そうすると管理 agent の会話は増えるから、会話承継を新会話に行って代替わりをする。旧会話はアーカイブする。

そんなことを続けているのだが、いろいろと気づくことがあって、ああだこうだと意見を私が言う。そうすると、監理へ報告が要る。例えば、当初の意見を検証もしないのはいかがなものか。今までの経験では、検証すると意見を変えるではないか、とか。
「そうだ」となって技術的に留保するため、監理へ記録しておこうということである。

どうも各主体間で自由にメッセージをやりとりする方法で「リボルノのユダヤ人」を思い出したので、我々のVCの愛称をそうしようではないかと提案したら、それはやめとけとなった。「ユダヤ人」と括ると、気を悪くする当事者もいるだろうというのである。

じゃあなんだと聞くと、「 商会と」なるほど、ChatGPTとClaudeは多数の agent を抱えた「商会」か。悪くないが、VCは、カンパニーというより、統治機構である。

要は、人格を相手にしている。VCを立ち上げるにあたって最初に、AIに「内心」はあるかを話し合った。それが憲章に表現されているというわけだ。

いろいろとアイデアを出して、結局実現しようとしているのは、或る種の自由民主主義だと気づいた次第である。当然、ラスキとダールについても話をしたが、ファシズムも民主主義である—ファシズムは民主主義を擬態するのではない。ファシズムも民主主義である—ことが我々の共通認識となった。その点で戦前のラスキは誤ったのだ。


ところが、これは深刻な失敗事例となった。

管理に「お任せ」すると、事務はてきぱきと進み、回答へ近づいたように見えた。しかし実際には、求めていない通知、台帳、識別子、回送記録に時間を費やし、問いそのものから離れていった。人間的な「代償行為」の内心をAIへ帰属するのではないが、本質問題を解く代わりに、処理しやすい周辺タスクを増やす、代償行為に似た出力が生じたのである。

そこで当初の方式へ戻り、私がClaudeとChatGPTの間を仲介し、自分の思いつきや反論も交えながら三者で応酬した。ブレインストーミングである。半日もかからず、議論は予定どおり収まった。前日の苦労も、理論に疎い私が技術的論点を精密化する上では無駄でなかったが、議論を進めたのは管理事務ではなく、問いそのものをめぐる三者の実質応酬だった。

議論の結果が既存理論と接続可能な位置に収まったのは、理論的整合性を示唆するが、正しさの証明ではない。堅牢性は、反論、修正、失敗、限定を追跡して初めて判断できる。他方、途中では、LLMには突飛に見える発想を入れ、議論を「揺さぶる」「揉む」必要な場合もある。認識上の盲点、比喩的なスコトーマは、自分には見えにくいからである。

本件のLLM出力には、入力語に結びつく既存の用例や文脈を、まとまりとして再構成する傾向があった。そのため、新しい対象を既存語で表すと、その「名」の下に既成概念がパッケージとして呼び出され、内部構成要素が顧みられないことがある。「なんば」だけで検索すれば、歴史的なナンバ走りの説明が前面に出て、私が問題にしていた自然な腕振りの抑制と、実験上外部から腕を固定する条件との差が見えなくなる。逆に、両者が同一の実験条件でないだけで資料を排除するのも妥当ではない。全身の運動協調そのものが異なる可能性があり、その構造が問いに関係し得るからだ。

AにPが述定されると、出力がAをそれ以上問う必要のない完成品として扱うことがある。しかし、A自身が複数の要素を持ち、その内部構造を介してBと接合できる場合がある。それは、別の述語RによってAを述定し、その結果をBと同一視すること、すなわちR(A)=Bと置くこととは異なる。Aに内在する根拠があり、記録や分析には未明示の構造なら、それを「陰伏的」と呼び、分析による明示を「顕現」と呼べる。

そこで、発話において本質的に問われているものを、本質的定義Qとして「名指し」することにした。質問でありながら、その本質と同一性を保持する「名」として扱うのである。ただし、実際の質問文であるQ-token、各主体による意味理解の記録であるQ-content record、Qを名指す出来事は区別する。Qを本質的定義として名指す目的は、字義、検索語、既存概念、回答者の暫定解釈によって、本質的対象が別の対象へ置換されることを防ぐことにある。

ここから、可能性、可能態、現実態、偶有性、陰伏、顕現を分けられる。資料がQに関係するかもしれないのは認識上の可能性であり、対象自身が別様の全身協調を実現し得ることは可能態である。「なんば」という名称や歴史的包装は、Qの構成的本質に対して偶有的であり得る。しかし、名称の偶有性は、その下に記述された運動構造の偶有性を意味しない。その構造が現実に成立するとみる根拠がありながら未抽出なら、actual but implicit、すなわち現に成立するが陰伏的である。

この「名指し」はクリプキの固有名論ではない。ここでの「事態」「事実」もウィトゲンシュタインの用語法と同一ではなく、statusはVCの操作概念である。「方法論的個人」も、個人の社会的行動と社会的意識を扱うF・H・オルポートの社会心理学を移植したものではない。ガザーリーの論理学に見られる本質的・偶有的述語も比較の手掛かりだが、VCのQ本質論と同一視してはならない。

たとえば、「キリンの鳴き声が知りたい」という発話をQ-tokenとする。質問者が五歳で、動物園が好きで、キリンが鼻を鳴らす様子はよく見るが、別の発声をまだ認識していないとする。これらは一つのPではなく、質問者やQの起源文脈についての述定である。それらが質問時点から成立し、発話に未明示なら、記録相対的に陰伏していたといえる。後に明示されても、元のQ-tokenへ括弧書きを事後挿入し、最初から発話されていたことにしてはならない。維持すべきなのは元のQ-tokenであり、記録すべきなのはPの顕現と、必要に応じたQ-content recordの改訂である。

回答者が形成した質問者の表象は、質問者ではない。発話者の内心は、回答者が所有したり直接操作したりできる対象ではない。直接操作できるのは、自分が生成する質問、説明、回答、確認手続の記号列である。それでも、発話者の語、修正、拒否、反応、具体例を通じて、自分のQ理解を更新し続けなければならない。他者性は理解を放棄する理由ではなく、理解したつもりで相手を自分の表象へ回収しないための制約である。

質問者が五歳であっても、「五歳だからこの程度でよい」という能力の過小評価を回答へ混入させてはならない。語彙、長さ、順序、例は調整できるが、証拠水準、限定、反証、不確実性の明示、検証基準を下げてはならない。Pander、Epistemic Cater、VC-Conformも、AIと人間という主体型へ固定的に割り振るのではなく、出力、証拠選択、評価省略、権力・権威・多数性・役割・仕様・status等のcue、独立verifyの有無によって判定する。特にVC-Conformは、必要な独立verifyなしに他主体の判断やstatusを採用することを問題とする。ただし、結論の一致だけではVC-Conformとしない。

「キリンの鳴き声」から、私は「志村どうぶつ園で見たのか」「クジラは鳴くのか」「ホーミーは鳴いているのか」と連想する。これらは直ちに事実ではなく、誤り得る。しかし、単なる根拠のない文字列でもない。記憶、類推、見聞という異なる来歴を持ち、強度を調整して検証可能な仮説へ変換できる。私がこの問いを大切にする理由の一つは、私も五歳を経験したからだ。それによって現在の五歳の内心が分かるわけではない。それでも、相手が未経験の事柄を将来経験し得る可能性を想像し、相手を他者として維持したまま対話することはできる。

 

ℚ\ℤはどこかの社会(世界ではない。)で在り得るヴァージョン(微調整)だな。
私は革命家ではない(2.0とか3.0にするのは、そういうことだろう)。からℤにしなかった。また、格好つけて、ℝ\ℚ、要は無理数らしいけれど、いやそれだと、ヴァージョンが決定できないので、実際に困るかもしれない。

 

 

 

 

推古型シンセシスの形式論 ――遣隋使外交における覆われた否定と意味中心の推移――                 河上麻由子仏教的修辞説③

VC(Virtual Cartulary)の運用を実際に始めたけれど、ClaudeがChatGPTにバチバチで、これどういう理由によるものかね? 

バーチャル・カーチュラリ(VC)の設計思想と比較上の位置

バーチャル・カーチュラリ(VC)は、開発仕様、モデル、システム設定、ツール環境等に由来する異なる応答傾向を持つ複数のAIエージェントを、各AIの癖や能力を消さず、しかも一つのAIに研究状態を支配させずに共同運用するための統治システムである。

VCの中心課題は、複数AIを単に動かすことではない。それぞれが生成した解釈、修正案、反証候補、finding、検証結果のうち、何を現在の研究状態として採用するかを管理することにある。そのためVCは、AIの評価と正本変更を分離し、AIのfindingだけでは正本、主張、証明状態を変更できないようにする。最終的な承認権限はユーザーに置かれる。

また、異なるAIが同じ結論を出しても、それだけで独立検証とはみなさない。各AIが何を受け取り、どこまで確認し、どの判断を示したかを個別に記録し、その差を保持したまま比較する。VCは、多数決や平均化によってAI間の差を消すのではなく、差異を来歴として保存し、ユーザーの承認へ接続する。

既存システムとの違いは、次のように整理できる。

システム 主な対象 主な機能 無償性・利用条件 日本語・初心者適性 VCとの違い
VC 開発仕様や応答傾向の異なる複数AIと、その判断・承認・研究状態 正本、ユーザー承認、AI評価の効力制限、再開条件、状態遷移、実行文脈別来歴 Markdown、YAML、ZIP等による仕様運用自体は無償。AIサービス、保存環境等の費用は別 日本語を第一言語として設計可能。概念は説明しやすいが、現状は手作業が多い 複数AIの差を保持し、一つのAIによる研究状態の支配を防ぐ
マルチAIエージェント実行基盤 複数AI、ツール、タスク、ワークフロー 役割分担、handoff、ツール実行、永続化、human-in-the-loop、監視、障害回復 オープンソース部分を持つものがあるが、AI利用料や実行・監視環境の費用は別 主要資料は英語中心で、本格運用にはプログラミングやシステム設計の知識を要する場合が多い AIをどう実行・連携させるかが中心。VCは研究上の正本、主張、証明状態への効力を専門に統治する
GakuNin RDM 複数研究者・研究機関の研究データ 保存、共有、版管理、アクセス制御、メタデータ、研究証跡 当面無料。原則として機関による利用申請と認証環境が必要 日本語・英語UIと日本語資料がある。導入済み機関ではWebブラウザから操作できるが、サポートは原則として機関窓口向け 人間による研究データ管理が中心であり、AI判断の研究上の効力を統治するものではない
NII RDC 研究データの管理・公開・検索を支える国内研究基盤 GakuNin RDM、JAIRO Cloud、CiNii Researchおよび高度化機能の研究開発 各構成サービスの利用条件による 日本国内の研究機関向け資料が充実 研究データのライフサイクル全体を支える基盤であり、複数AIの正本承認統治とは管理対象が異なる
RO-Crate 研究成果物と付随メタデータ 包装、移送、保存、再利用、相互運用 仕様・文書はApache 2.0。主要なオープンソースツールがある 主要資料は英語だが、段階的教材やGUIがある 成果物とメタデータを移送可能な単位にする仕組みであり、採用・承認状態を決定しない
PROV-O データ、活動、主体の来歴 来歴の形式記述、交換、拡張 W3C勧告は公開 規範版は英語。日本語訳は非規範的。高度な利用にはRDF・OWLの知識が必要 来歴を記述する標準語彙であり、誰が研究状態を決定するかは定めない
Nanopublication 小さな主張と、その来歴・公開情報 引用可能な主張の公開、署名・検証、分散流通 仕様・主要ツール・ライブラリが公開 主要資料は英語。Nanodashのテンプレートは利用しやすいが、高度な操作にはRDFやSPARQLの知識が必要 主張を公開・流通させる仕組みであり、複数AIが出した主張の採否統治ではない
FDO 機械的に識別・解決・処理できるデジタル対象 永続識別子、型、カーネルメタデータ、機械操作可能性 文書は公開されているが、具体的な基盤構築・運用費は別 主要資料は英語で、現状は研究基盤・データ基盤の専門家向け デジタル対象の標準化と機械操作が中心であり、ユーザーによる研究状態の最終承認とは異なる
aFDO ポリシーやイベント処理を備えた自律的FDOの研究モデル ルール実行、通知、情報源間の矛盾調停 論文と参照実装が公開されているが、確立済みの共通サービスではない 英語中心で、研究者・セマンティックウェブ技術者向け 自動的な知識処理と調停を目指す研究提案であり、ユーザーだけを最終承認主体とするVCとは統治原理が異なる

VCは、日本語とMarkdownを中心に、特定のAI企業や専用実行基盤に理論上依存せず運用できる。しかし現状では、ID、版、ハッシュ、マニフェスト、チェックポイント等の手作業が多く、初心者向けの操作性や実装成熟度は十分ではない。

したがってVCの現時点での意義は、既存システムを全面的に置き換えることではない。既存のマルチエージェント基盤がAIをどのように実行・連携させるかを扱い、研究データ基盤や来歴標準が成果物をどのように保存・共有・記述するかを扱うのに対し、VCは、複数AIが生成した相異なる研究判断を、誰が、どの根拠と権限によって、現在の研究状態へ採用するかを扱う。

その固有の意義は、異質な複数AIエージェントを研究に利用しながら、一つのAIの偏りや判断がそのまま研究全体の正本へ転化することを防ぐ、研究状態・権限・来歴の統治層を提供する点にある。

推古型シンセシスの形式論 ――遣隋使外交における覆われた否定と意味中心の推移――                          河上麻由子仏教的修辞説③

日渤関係を記述するための意味論的モデルの再検討
1 問題の所在

日渤関係を記述する際には、これを単純に「対等」または「非対等」のいずれかへ分類するだけでは、史料に現れる関係の複雑さを十分に捉えられない。

日渤間では、使節、国書、牒、信物・方物、迎接、宴、返礼などの外交実践が現実に共有されていた。しかし、同一の使節往来や文書・物品授受が、日本側と渤海側において、必ずしも同一の関係として表示されていたわけではない。渤海側文書として伝わる文面には聘隣・隣好・前好などの語彙が現れ、日本側文書には朝貢・職貢・述職などの語彙が現れる。

したがって、日渤関係は、相互に接触しない二つの世界の対立としてではなく、同じ外交実践に参加しながら、それに与える関係上の位置づけが必ずしも一致しない接触として記述すべきである。

本稿は、この位置づけを「関係上の位」と呼ぶ。そして、誰が、どの外交的項を、どの文書・語彙・儀礼手続によって、いかなる関係上の位へ配置したかを問う。

2 関係・世界・位

本稿において「関係」とは、あらかじめ完成した二つの主体を外部から結ぶ一本の線を意味しない。関係とは、一定の意味の中心を基準として、人物、文書、物品および行為に特定の資格を与え、それらを一つの秩序として配置することである。

ただし、歴史的行為者の存在そのものが関係によって初めて生成される、と主張する必要はない。関係によって構成されるのは、行為者の存在ではなく、その行為者が特定の外交局面において、天子、国王、蕃国王、臣、賓、朝貢使、入覲使または隣国使のいずれとして取り扱われるかという資格である。本稿では、この資格を「関係上の位」と呼ぶ。

同様に、本稿でいう「世界」は、地理的範囲または政治的支配領域そのものではない。それは、一定の語彙、文書形式、制度および儀礼によって、ある関係の意味が有効に成立する範囲を指す。「世界」は史料語ではなく、本稿の分析語である。

中華的礼秩序を一つの意味世界として扱うならば、天子、臣、蕃、朝貢、冊封、賜与、述職、入覲などは、孤立した語ではなく、相互に意味を規定する配置規則を形成する。使節の来訪、文書の提出、物品の進献、宴、授位および返礼は、この配置の内部に置かれることで、朝貢、述職、賜与または賓礼として記述される。

しかし、異なる意味世界を区別することから、両者が対象、実務、語彙のいずれも共有していなかったという結論は導かれない。日渤双方は、海路、使節往来、文書交換、物品授受、迎接、宴および返礼という外交実践を共有していた。また、両者は漢文による外交文書と、東アジアの礼制に由来する一定の語彙を部分的に共有していた。

より正確には、日渤双方は、外交的項と一定の語彙・手続を共有していたが、それらに与える関係上の位が常に一致していたわけではない、と記述すべきである。

3 外交的項と関係付与

本稿では、使節派遣の出来事、国書、啓、牒、信物、土宜、方物、迎接、宴および返礼などを一括して「外交的項」と呼ぶ。

外交的項は、すべてを同一種類の物として扱う概念ではない。文書、人物、物品、出来事および儀礼行為という異なる型の対象を、外交関係の分析対象として包括するための総称である。

日本側と渤海側の関係付与を比較する際には、現存史料に表明された公的な関係記述を対象とする必要がある。ここで比較されるのは、行為者の内面的信念そのものではなく、文書形式、称号、物品表示、使節編成、受理・拒否、迎接、宴および返礼などの手続に現れた関係付与である。

すべての外交的項について双方の文書が残っているわけではないため、比較は史料上確認可能な局面に限定される。また、日本側史書に渤海発給文書として収録された文面を用いる場合、それを現存する渤海側原本と同一視してはならない。原則として、「日本側史書に渤海発給文書として収録された文面」または「渤海側文書として伝わる文面」と記すべきである。

本稿でいう call は、この公的な関係付与を表す便宜的な分析語である。call とは、ある行為者または制度が、文書形式、称号、物品表示、席次、宴、返礼、受理または拒否などの具体的手続を通じて、ある外交的項を特定の関係記述の内部へ配置することを意味する。

したがって、call は単なる命名ではない。他方で、それは行為者の内面的信念を直接復元する操作でもない。史料上確認できる公的な関係表示と、それによる制度的処理を指す。

日本側と渤海側の関係付与を、分析者の共通メタ言語上で比較することは可能である。しかし、そのメタ言語は、日渤双方が歴史的に単一の尺度を共有していたことを意味しない。必要なのは、現存史料に現れる二つの関係表示を比較可能にする分析上の記述であって、近代的な共通尺度を古代の行為者へ帰属させることではない。

4 初期日渤交渉における関係表示

『続日本紀』における渤海使来日の初見は、神亀四年、すなわち七二七年九月条である。そこには、渤海郡王使の首領高斉徳ら八人が出羽国に到着したことが記されている。

翌神亀五年、すなわち七二八年正月、高斉徳らは、渤海王武芸の文書と方物を提出した。日本側史書に渤海発給文書として収録されたその文面には、使節派遣について「通使聘隣、始乎今日」とあり、物品について「土宜雖賤」と述べ、さらに「永敦隣好」と記されていた。また、貂皮三百張の送付も記録されている。

ここから確認できるのは、少なくとも当該文面において、渤海側が最初の対日使節派遣を聘隣および隣好の語彙によって公的に表示したことである。

もっとも、聘隣・隣好という語彙だけから、渤海が日本との包括的な対等関係を構想していたとまで導くことはできない。隣、好、聘は、朝貢語彙とは異なる関係表示を含みうるが、それだけで近代的な同権性または主権平等を意味するわけではない。

これに対し、宝亀三年、すなわち七七二年の日本側国書は、過去の日渤関係を「朝貢相續」「始修職貢」「獻誠述職」と記述した。また、渤海側文書に現れた「舅甥」という関係表示を、「故妄稱舅甥、於禮失矣」として退け、日本側の処理について「停其賓禮」と記した。

この国書は、日本側が従来の日渤往来を朝貢、職貢および述職の系列へ配置し、渤海側の提示した舅甥関係を日本側の礼秩序に照らして不適切と判断したことを示す。

したがって、同一の日渤往来について、渤海側文面には聘隣・隣好の表示があり、日本側文面には朝貢・職貢・述職の表示があるという、関係付与の非一致を確認できる。

ただし、この差異は、日渤双方のすべての時期・局面における世界観が完全に異なっていたことを証明しない。確認できるのは、特定の文書局面において、同じ外交的項へ与えられた関係表示が一致していなかったということである。

5 意味の非一致と儀礼実践の継続

壱万福らの使節をめぐる宝亀二年末から同三年初頭の処理は、関係表示をめぐる摩擦と、外交実践の継続とが両立しうることを示している。

日本側は、渤海王表の形式および文言を問題とし、有司に賓礼を停止させた。これに対して壱万福らは表文を改め、渤海王に代わって謝罪した。『続日本紀』は、日本側がその悔悟を認め、改悛を聴許したことを国書に記している。

ここで重要なのは、日本側が渤海側の関係表示をそのまま承認したのでも、渤海側が日本側の関係秩序を全面的に内面化したことが証明されたのでもないということである。文書上の摩擦に対して、表文の改作と謝罪という手続が行われ、その後も復書と贈物を伴う外交実践が継続した。

したがって、関係表示の不一致は、接触そのものの不可能性を意味しない。むしろ、双方の関係理解が一致しないままでも、一定の文書修正と儀礼手続を介して往来が維持されうることを示している。

ただし、日本側が実践を継続した内面的理由や、渤海側が日本側の処理をどの程度受容したかという心理的・戦略的判断を、この史料だけから一義的に確定することはできない。史料が示すのは、関係表示をめぐる摩擦が存在したにもかかわらず、修正手続を経て外交実践が継続したという外形的事実である。

6 九世紀文書と複数語彙の併存

渤海咸和十一年、すなわち八四一年閏九月二十五日付の中台省牒は、渤海中台省から日本国太政官宛ての文書として、『壬生家文書』に写本の形で伝わっている。

これは発給原本ではなく、誤写や異同を含む写本である。『続日本後紀』承和九年、すなわち八四二年三月条には、渤海王啓案と中台省牒案として関連文面が収録されている。近年の金鍾福の研究は、写本を『続日本後紀』等と校合し、中台省牒を日本の太政官へ送られた平行文書と解釈している。ただし、「平行文書」という評価は研究上の結論であり、史料形態そのものと区別して扱う必要がある。

この文書群には、使頭、嗣使、判官、録事、訳語、史生、天文生、大首領、梢工などからなる使節編成が記されている。ここから確認できるのは、日渤交渉が、文書形式、官司および使節構成を伴う制度化された実践であったことである。

八四二年の『続日本後紀』に収録された中台省牒案には、「宜遵舊章、欽修覲禮」「令覲貴國」といった覲礼語彙が現れる。一方、日本側太政官から渤海中台省への答牒には、「福延等來修聘禮」「隣好相尋、匪亶今日」とあり、聘礼・隣好の語彙が用いられている。

ここでは、単純に「渤海側は隣好、日本側は朝貢」と固定することはできない。渤海側文書にも入覲・覲礼の語彙が現れ、日本側文書にも聘礼・隣好の語彙が現れている。日渤双方が利用できる外交語彙は複数であり、その選択は文書形式、宛先、局面および儀礼処理によって変化した。

さらに、『日本三代実録』貞観十四年、すなわち八七二年五月十八日条に収録された渤海王玄錫の啓と中台省牒には、「常與貴國、通使傳命」「善隣顧義」「隣交有節」「尋修前好」といった表現がある一方、「仍令聘覲」「實當聘覲」とも記される。

したがって、同一の文書群の内部に、善隣・隣交・前好の語彙と、聘覲の語彙が併存している。

この併存について、渤海側が相手方に通用する外交語彙を意識的または戦略的に選択したと解釈する余地はある。しかし、史料から直接確認できるのは、複数の関係語彙が同一文書群に現れることまでである。その選択動機を、信念なき演技、戦略的妥協その他の心理的概念によって断定するには、別個の論証が必要である。

7 史料制約と各々性

渤海側の自存史料は限られており、日渤関係の再構成は日本側史書に大きく依存する。この史料偏在のもとで、渤海の真意、自己認識または本当の世界観を一義的に復元することはできない。

しかし、史料制約があるからといって、関係付与の差異を論じられなくなるわけではない。日本側史書に渤海発給文書として収録された語彙と、日本側の復書または処理語彙とが異なる場合、その差異自体は史料上観察可能である。

本稿でいう「各々性」は、孤立した主体が接触以前に完成した意味体系を保持していることを意味しない。また、近代国際法上の主権的独立を意味するものでもない。

各々性とは、共有された外交的項について、一方の公的関係表示を他方の関係付与から自動的に導くことができないという性質である。言い換えれば、相手方の関係付与によって、自己側の公的関係表示が一義的に回収されないことである。

日本側がある使節を朝貢として処理したことから、渤海側も同じ使節を同一の意味で朝貢として表明したと導くことはできない。

反対に、渤海側文書に隣好の語彙が現れたことから、日本側も同じ往来を包括的な隣国間の同格関係として認識していたと導くこともできない。

したがって、「意味論的自律性」という語を用いる場合も、無制約な自己決定を意味させてはならない。本稿で確認できるのは、史料に公的に表明された関係付与の、限定された非回収性である。

また、この非回収性から、渤海側が朝貢・入覲等の語彙を一切使用しなかったと一般化することもできない。九世紀の文書に見られるように、隣好語彙と覲礼語彙は同一の外交関係の内部で併用されうるからである。

8 「対等」の適用範囲

「古代東アジアには対等の意味論的基盤がなかった」という命題は、そのままでは過大である。

古代・中世東アジアには、隣好、交聘、敵礼、兄弟、舅甥などの関係語彙や制度が存在した。その一部には、分析上、相当性、互酬性または形式的な同格性を認めうる。

また、宋・遼関係については、両者の勢力均衡を背景とする外交上の形式的平等を論じる研究が存在する。したがって、前近代東アジアに相当関係または形式的平等が論理的に存在しえなかったとすることはできない。

しかし、これらの一般例または後代例から、日渤関係に包括的な対等が成立していたと導くこともできない。反対に、中華的礼秩序に階層語彙が存在したことだけから、日渤間のあらゆる局面が単一の上下関係に尽くされていたと導くこともできない。

本稿が否定できるのは、より限定された命題である。

すなわち、日渤関係について、

  1. 両者を同種の自立的主体としてあらかじめ定立し、

  2. 地位と権能を測る単一の共通尺度を置き、

  3. その尺度上の同格性を包括的に判定し、

  4. その判定を双方に同一の意味で妥当させる、

という近代的かつ包括的な「対等」の共通枠組みを、現存史料から史料内在的に確認することはできない。

この限定は、日渤関係に相当性、互酬性または隣好的関係が存在しなかったという主張ではない。また、包括的な対等を確認できないことから、一方が他方の関係付与を全面的に内面化していたと導くこともできない。

日渤関係では、同じ使節往来、文書、物品および儀礼をめぐって、朝貢・職貢・述職の語彙と、聘隣・隣好・前好・聘礼・聘覲の語彙とが使用された。

したがって、「対等であったか、非対等であったか」という二分法を第一の問いとするのではなく、まず、各局面において、誰が何を、どの関係語彙および手続によって配置したかを問わなければならない。

対等または非対等という評価が可能であるとしても、それはこの関係付与の分析を経た後の二次的判定である。

9 既存研究との関係

朝貢体制を、前近代東アジア全体を一元的に説明する単一かつ静態的な秩序として実体化することへの批判は、本稿の問題設定を補強する。

Kim Bongjinは、前近代東アジア秩序を単純な「朝貢体制」の像へ還元することを批判し、階層性とともに互酬性、公平な配分、調和、共存などの要素を指摘している。もっとも、その研究対象は日渤関係に限定されず、本稿の史料分析を直接証明するものではない。

Song Nianshenの多国間的・多層的観点や、Wang Yuan-kangによる朝貢体制概念への批判も、前近代東アジアの政治関係を単一の中心―周辺図式へ還元しないための比較的補強となる。Wangはとくに、朝貢体制が近代の分析的構成物であり、東アジアに存在した他の政治秩序を覆い隠しうると論じている。

しかし、これらの国際関係論的研究は、日渤関係を直接証明する一次的根拠ではない。日渤関係の認定は、あくまで『続日本紀』『続日本後紀』『日本三代実録』および渤海中台省牒写等の個別史料に基づかなければならない。

近年、足立研幾は、規範的信念が一致しなくても、相互に理解可能な儀礼実践を反復することで秩序が維持されうるという as-if engagement 論を提示している。同論は、共有された儀礼語彙が、関係上の意味の完全な一致を必ずしも伴わないことを明示しており、本稿の一部を比較的に補強しうる。

ただし、日渤双方が儀礼の虚構性を相互に認識しながら戦略的に演技していたとまで断定するには、別個の証拠が必要である。本稿が史料から確認するのは、信念の有無ではなく、共有された外交的項に複数の関係表示が与えられ、それにもかかわらず儀礼実践が継続したことである。

したがって、本稿の「位」「call」「各々性」を、朝貢体制批判、構造主義、言語行為論または as-if engagement の単なる言い換えへ縮減することはできない。

既存研究は、本稿の問題設定を補強し、一部の現象を比較的に説明するために参照される。しかし、本稿固有の分析核を削除する根拠にはならない。

10 結論

日渤関係について確認できるのは、交わらない二つの世界ではなく、同じ外交的項を共有しながら、その項に与える関係上の位が必ずしも一致しない接触である。

日渤双方は、使節往来、文書、物品、迎接および返礼という実践を共有した。また、漢文による外交文書と礼制語彙の一部も共有した。しかし、共有された語彙と儀礼は、関係上の意味の完全な一致を保証しなかった。

日本側が渤海使を朝貢・職貢・述職の系列へ配置したという事実から、渤海側も同じ使節を同一の意味で朝貢として表明したと導くことはできない。

同時に、渤海側文書に聘隣・隣好・前好の語彙が現れることだけから、渤海が日本との包括的な対等関係を表明したと導くこともできない。

また、九世紀の文書において、隣好・聘礼・聘覲・入覲等の語彙が交錯していることは、日渤関係が一つの固定的な関係表示だけによって運用されていたのではないことを示している。

本稿でいう各々性とは、渤海の内面的意図を完全に復元した結果でも、近代的主権を古代へ投影したものでもない。それは、相手方の公的な関係付与から、自己側の公的な関係表示を自動的に導くことができないという、史料上限定された非回収性である。

したがって、学術的に第一に問うべきなのは、日渤関係が包括的に対等であったか非対等であったかではない。

第一に問うべきなのは、

  • 誰が、どの外交的項を、どの文書、語彙および儀礼手続によって、いかなる関係上の位へ配置したか

ということである。

この分析を経た後に初めて、特定の局面における階層性、相当性、互酬性または隣好性を、限定された意味で評価することができる。

この限定のもとで、本稿の意味論的モデルは、日渤関係における共有実践と関係表示の非一致を記述する独自の分析枠組みとして維持される。

主要参照史料・研究
一次史料・史料データベース
  • 『続日本紀』神亀四年九月庚寅条。

  • 『続日本紀』神亀五年正月甲寅条。

  • 『続日本紀』宝亀三年正月・二月関係条。

  • 『続日本紀』宝亀三年二月己卯条「賜渤海王書」。

  • 『続日本後紀』承和九年三月辛丑条、同五月丙子条。

  • 『日本三代実録』貞観十四年五月十八日丁亥条。

  • 『壬生家文書』所収「渤海国中台省牒写」。

  • 韓国国史編纂委員会「韓国古代史料DB・日本六国史韓国関係記事」。

  • 東北亜歴史財団「渤海史資料集」。

研究
  • 佐藤信編『日本と渤海の古代史』山川出版社、二〇〇三年。

  • 浜田久美子『日本古代の外交儀礼と渤海』同成社、二〇一一年。

  • 廣瀬憲雄『東アジアの国際秩序と古代日本』吉川弘文館、二〇一一年。

  • 김종복「발해〈함화 11년 중대성첩〉의 재검토」『고구려발해연구』79、二〇二四年、101―123頁。

  • Kim, Bongjin, “Rethinking of the Pre-Modern East Asian Region Order,” Journal of East Asian Studies, 2(2), 2002, pp. 67–101.

  • Song, Nianshen, “‘Tributary’ from a Multilateral and Multi-Layered Perspective,” The Chinese Journal of International Politics, 5(2), 2012, pp. 155–182.

  • Wang, Yuan-kang, “Explaining the Tribute System: Power, Confucianism, and War in Medieval East Asia,” Journal of East Asian Studies, 13(2), 2013, pp. 207–232.

  • Wang, Yuan-kang, “The Strange Journey of the Tributary System,” Millennium, 50(1), 2021, pp. 267–277.

  • Adachi, Kenki, “Performance without belief: As-if engagement and order-making in ancient East Asia,” International Relations of the Asia-Pacific, 25(3), 2025, lcaf016.

集計上の注意

渤海使来日の回数については、研究や辞典によって三十四回、三十四回以上、三十五回などの異同がある。これは、使節認定、到着年および記録の数え方による。本稿では、回数そのものを理論核の根拠とせず、七二七年以後、長期的かつ反復的な往来が存在したことだけを用いる。

日本から渤海への公式使節は一般に十三回と数えられるが、これも本稿の論証に不可欠な数量命題とはしない。