すなわち、人文学的デカルトの直系がルソーであった。分かりやすく言うと、「数学ができないデカルト」がルソーである。 デカルトの実在的な〈我〉は、ルソーにおいて修辞的な〈私〉になり、カントにおいて(主体から分かれて、述語を説明する)主語となった…
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