美人の視線の先

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👆少女鞠鞠付きの圖(74コマ目)

手鞠・手毬とは - コトバンク
どうも、見えている足は、左足らしい。
手鞠とは - コトバンク
『小供風俗』(手鞠) 宮川春汀画 1896年(明治29)国立国会図書館所蔵
走りながら鞠をつく子どもが描かれている。

 

岸田の言っていることはいまいち要領を得ないが、浮世絵のコレクションは素晴らしい。毬つきを見比べてみると、やはり、浮世絵は視線がおかしいのだ。そのうえ手もおかしい。手の甲を見せてしまっている。これは意外に大事で、毬をつくときに、ヒトはなにを見るかというと、実は手元だったりする。毬ではないのだ。児童なんかだとたまにもっと前方を見ている。これは手元を見る理由とおそらく同じで、毬を突くのに必要なのは正しい姿勢だからである。だから、毬を追いかけて姿勢をいちいち崩さないし(必要なのは、肘から下の上下運動である。)、場合によっては、顔を動きを避ける為に手元さえ見ない。
しかし、それは運動上は誠に正しいのだが、それを描いたとは思えない。
なぜ、浮世絵の視線がおかしいか。これが美人画であるからではないか。伏し目がちの美人は存在しなかったように思う。顎をもう少し引けばどうかと思わないではないが(写真と比べてどうだろう。)、これも美人の条件である姿勢が崩れるためだろう。

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河鍋暁斎(1831-1889)は狩野派から出発した浮世絵師で、地獄太夫を得意としたが、この美人は伏し目になった。これは洋画を取り入れた河鍋暁斎の画期だろうか?
それまで誰も誰も伏し目にならなかったかというと、観音様はなったらしくて、狩野元信(1476 - 1559)の『白衣観音像』は圧巻である。これは大陸の影響だろうか。

群抜く画技、狩野派の礎 「天下を治めた絵師 狩野元信」展:朝日新聞デジタル

それ以外では、地獄の画の中に伏し目がちの女性が出て来る。ただし、それは目が腫れて潰れたのと区別がつかない(54コマ目)。

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要は、「伏し目」とは、浮世以外の世界の意味表象のようだ。
反対に言うと、それ以外はなかなか伏し目にならなかったのであって、喜多川歌麿美人画はまぶたが弧を描いておらず、伏し目を思わせるのだが、何せ、漫画目というか、右目が左に瞳を寄せると、左目は瞳も左に寄せて、美人画にありがちだが右目の瞳と左目の瞳が追いかけっこをするものだから(それを流し目と言うのか※)、そんな伏し目はないのである。この場合は、左目の瞳は右に寄せなければならない。
※流し目も伏し目と同じように外来だろうか。

凝 睛 眄 墮 珥
(中略)
妓女が気に入っている客のためにわざと耳飾りを落として、流し目を送り思いのたけを伝える。

六朝期の詠妓詩から見た文人の妓女に対する観念の変化  P26
彭 腊梅
中国中世文学研究(59), 2011-09-20
広島大学文学部中国中世文学研究会

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凝 睛 眄 墮 珥

(中略)
神仙が自分のすぐそばを飛んでおり、流し目にふりかえり自分の方を眺めもしたが、結局自分を置き去りにして飛んで行ってしまうことを詠じている。

「詠懷詩」における神仙 P8
鷹橋 明久
中国中世文学研究(29),1996-01-30
広島大学文学部中国中世文学研究会 

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 流し目百選👉流し目 - Google 検索


というわけで、浮世絵の美人画の「視線」なんか気にしても無駄である。
目は装飾品乃至(半)記号であって(だからアクロバティックな流し目になる。)、見る向きについてより決定的なのは首(顔)であるようだ。

 

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👆「現実」「地上」「戯れ」「有限」が浮世絵の審美を構成する(29コマ目、35コマ目)。