capillus caput頭+ellus「小さい」を示す接尾辞(ラテン語文法では「縮小辞」という)
小さい頭(頭の小さい(細い)部分)→髪の毛→毛細血管
capillaryは「毛細血管」を意味し、語源はcapillaris(毛の)に由来し、その語源もcaput(頭)に由来します。
イブヌンナフィースは『医学典範』に多くの注釈をつけた。
そこには幾人かの医師が仮定したように、目に見える通路も、またガノレスが考えたように、血液の貫流に役立つ、目に見えない通路もない。
なぜなら心臓の細孔masāmmがここにぎっちり配置されていて、その物質は堅いからである。したがって、この血液は精製されると、動脈性静脈を介して肺に確かに到達するに違いない。P164,イスラーム医学
なお、赤字強調は引用者。
到達するに違いない。
これは、新たな発見でなく、「平明な論理的推論」(P.165,同上)によるきわめて画期的なアイデアなのだが、一度言及されたのみで「ほとん実際的影響を及ぼさなかった」(P.165,同上)と言われる。
👇心臓と肺の繋がり
「そこには」「ここには」が気になるが、「そこには」当時は、右心室と左心室の間の心臓の中心の壁に穴があいていたか、見えない穴が開いていたと思われていたらしい。
本に従って解説を読むと、文脈から、ところが、イブヌンナ・スィーナーは"心臓の中心の壁"に「通路がない」と主張したと受け取れるが(類似の表現から、影響を受けたかのようと紹介される、ミカエル・セルベトゥスの事績で。)、代わりに「細孔」があるという推論なのか、実際は、"心臓"に「通路」は「ない」が「細孔」があるという推論なのか。『医学典範』を実際に見るのが早いと思えて来た。できれば、原語でどう書かれたかも見てみたい。読めないが。
「細孔masāmmが」あることに喜んでしまった。
مَسامّ - Translation in English - bab.la
古語の場合どうかはわからない不安があるが、masāmmはporeと考えてよさそうだ。
「動脈性静脈」が肺と心臓の間でどうなっているかわからないが、「ここ」の「その物質は堅い」らしい。何のことだろう?
肺は心臓の側面を覆うようにあったと考えられたとのことである。
1553年にようやく、スペインのミカエル・セルベトゥスが『キリスト教信仰の復興』で心臓の中心の壁に穴が空いてないと主張した。
1628年にイギリス人ウィリアム・ハーヴィが、肺循環を証明した。
1661年にマルチェッロ・マルピーギが顕微鏡でカエルの肺・嚢に毛細血管を発見した。
右心室と左心室との間にある目に見えぬ隔壁の隙間より血液が流れる〉というガレノス以来の誤りを退け,16世紀のセルベトゥスに先立って正しい肺循環の考えを提起した。
これで、漱石の問題に近づいた。
心臓にも「毛穴」が開いていると思われたことがあったのだ。
ただ、当時、ほとんど注目されなかった。
シェークスピアが「心臓の毛穴」をどのように知ったかだ。
But words are words; I never yet did hear
That the bruised heart was pierced through the ear.
これはBRABANTIO(デスデモーナの父、ヴェニスの元老院議員)の言葉である。
ミカエル・セルベトゥスに近い考え方をブラバンショーは持っていただろうか?