このネタは覚えておこう。
フランス革命嫌いまで言う人達、嫌うのは勝手だけど「最近の評価では〜」と時代をわかってるふりするのは単に不正確なのでやめた方がいい。学術的には昨日言ったとおり。あとフランス国内の世論については、マクロン批判にレトリックとして「革命を!」が出てくる状況。 https://t.co/ToA6PUGKr4
— おきさやか(Sayaka OKI) (@okisayaka) October 2, 2023
保守系統なのか、メインが、ルソーをボロクソ言っていて面食らったところだ。
1885年には唯一の政治学の著書である『民衆政治』 (Popular Government) を著し、保守主義の立場から自然状態説を批判している。
病弱なメインがインド行ったら3か月で死ぬと言われて、壮健になって帰って来たという。インドで書いた政治学。
ルソーってやっぱり学がないから広がりがないんだよね。
ホッブスって、未だに議論を提供していて、戦前でも、カールシュミットはケルゼンの「変」な影響を受けて、リヴァイアサンにはきりがないと「無限」から批判したけれど、それはカントの「変」な影響を受けたから、すなわち、カントがデカルトを批判して「亡き者」にしたからで、デカルトに影響を受けた実在論に立つホッブスが言っていたのは(スケールフリーな)「極限」であって(いや、デカルト自身が「極限」概念を持っていたか微妙だけれど—つまり、それは、少なくとも枚挙的な中から1点を選択することは考えていた)、「極小」としての個人の反対側には当然「極大」としての世界があるはずで、それが同じように成立するのが(神の)自然法であったはずである。
現在においても(と言っても、ウッドロウ・ウィルソンを通じてであるが)、
It realizes Hobbes’s definition of liberty as political power divided into small fragments.
Woodrow Wilson on How Congress Should and Does Govern - The Atlantic
参照されるのであった。
P.72,P.74,機関説批判と国家学の解体 : ゲオルク・イェリネックとカール・シュミット
これは不思議な話で
- ホッブスは王権神授説批判から出てきたはずである
- 上杉慎吉は、イェリネックの薫陶を受けて転向し(穂積批判の急先鋒から、自らの理解の誤りを認めて、穂積の後継者を—勝手に—自認するようになった。)、また、弟子を代表して葬式に呼ばれるなど、実際に、イェリネックとは昵懇の間柄だった(晩年イェリネックは人とあまり合わなくなっていたが、上杉に会うことを待ち望んでいたらしい。少なくとも反目し合う中ではなかった)。
美濃部がイェリネックの研究者であったことを過大評価していないか。残念ながらそれは片思いである。
政治的権利の起源に遡ると、長が存在していた以前に必然的に法が存在していたことが分かる。公共の連合を打ち立てるためには、少なくとも一つの法は必要であったし、政府の形態を打ち立てるためには第二の法が必要であった。そしてこの二つの法は媒介する多数の法を前提しており、その内の最も厳粛soJennelleで神聖sacreeな法は他のすべての法を守ることを〔構成員に〕約束させる法であった。(O.C.,Ill ,491)
なんで難しく考えるか分からないが、これは自然法である。
しかし、それはどうも、プラトン的であるようだ。
現代のフランス人に関係ないけれど。
ラグビーで「ジャニーズ事務所」を持ち出すなって少し思うわね。
"Sûr. Les abus sexuels sont inacceptables."