One who loves the truth and you,and will tell the truth in spite of you.-Anonymous                    武者小路実篤6

 

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そうすると、『オセロ』は、愛を挟んで、名誉と嫉妬が、you/theeに関してどう働くかという話らしい。もちろん、名誉も嫉妬もキリスト教のモチーフだ。
自分のような語学の素人に難しいのは、王に対してはyou(敬称)であっても、神に対してはthee(親称)なのかだ。

舞踏会で初めて出会うシーンで,男性のロミオは女性のジュリエットに対して thou で話していますが,ジュリエットはロミオに対して you を用いています.これは,当時の男女の社会的地位の差を映し出したものと考えられます.

連載 第10回 なぜ you は「あなた」でもあり「あなたがた」でもあるのか?

『オセロ』は、thou(親称)で静かに始まり、you(敬称)で高調する。
幕を開けた最初の科白である。ロドリゴとイアゴの、「悪友」と単純に呼べない、不均衡な会話から始まり、またクライマックスをお膳立てする。

RODERIGO
Tush! never tell me; I take it much unkindly
That thou, Iago, who hast had my purse
As if the strings were thine, shouldst know of this.

IAGO
Sblood, but you will not hear me:
If ever I did dream of such a matter,5
Abhor me.

 

ロダリーゴ
ちぇ、もう聞きたくもない。ひどいじゃないか、
アゴはぼくの財布を自由に使っておいて
このことを知っていたなんて。

アゴ
なんだって、こそおれの言うことを聞こうとしないんだから、
おれだってこんなことになるなんて
夢にも思っていなかったんだ。

Tush! never tell me 「つまらない、もうやめてくれ」ここのところ、Roderigo と Iago とは話の途中で登場。"never tell me", an expression of incredulity or impatience.
take it much unkindly 「ひどい仕打ちじゃないか」Cf. take it amiss, take it ill. "much"= very.
had my purse Desdemona を自分のものにしようとした Roderigo がその斡旋を Iago に頼み、そのために財布を委ねたことを指す。
As if the strings were thine 「財布のひもは自分のものであるかのように(勝手に人の金を使う)」
this Othello と Desdemona の結婚をさす。
'Sblood/zblʌd/ 'God's blood' の略で神(=キリスト)の名を忌避して省略したもの。"but" は imprecation (呪い)の後にくる asserverative(断定する) clause を誘導する。
you will not hear me 「僕の言うことを聞こうとしないじゃないか」

Othello Act 1 Scene 1 対訳『オセロ』第一幕 第一場

EMILIA
Fie, fie upon thee, strumpet!

BIANCA
I am no strumpet; but of life as honest
As you that thus abuse me.


エミリア
何よ、あんたなんか、売女(ばいた)

ビアンカ
わたしは売女じゃないよ、正直な生活をしているんだ、
わたしに悪口言ってるあんたとおんなじにね。

Othello Act 5 Scene 1 対訳『オセロ』第五幕 第一場

 

何のころだろう?と疑問に思うが、

deut:26:19、1kgs: 4:31、1kgs:10: 1、1chron:14:17、2chron: 9: 1、ezra: 4:10、esther: 9: 4、prov:22: 1、eccles: 7: 1、ezek:16:15、hos:14: 7、

Bible Word Searchで「名声」を検索:11節)

これは、エゼキエル書らしい。「名声」が出てくる。

Ezekiel 16:15 NIV - “‘But you trusted in your beauty - Bible Gateway

エゼキエル書 - Wikipedia
エゼキエル - Wikipedia

『オセロ』では第三幕第場のこのフレーズでのみ「名声」に言及される。

Good name in man and woman, dear my lord,
Is the immediate jewel of their souls:
Who steals my purse steals trash; 'tis something, nothing;
'Twas mine, 'tis his, and has been slave to thousands:
But he that filches from me my good name
Robs me of that which not enriches him
And makes me poor indeed.

 

名声というものは、にもにも、
魂の即効薬です。
わたしの財布を盗む者は紙くずを盗んだようなもの、それは何かではあるが、なんでもない。
わたしのものであったのが、あなたのものになっただけ、そしてみんなが使っていたものです。
しかしわたしの名声を盗む者は
盗人(ぬすっと)を豊かにせず
わたしをまったくの無一文にします。

Othello Act 3 Scene 3 対訳『オセロ』第三幕 第三場

それに対して、「名」はよく出てくる。

DESDEMONA
Am I that name, Iago?
IAGO
What name, fair lady?

 

デズデモーナ
わたしはあんなとお思いですか、イアゴ

アゴ
あんなとは、奥様。

that name i.e. a whore.

Othello Act 4 Scene 2 対訳『オセロ』第四幕 第二場

エゼキエルは神の召命を受けて、預言者となったらしい。
ここら辺は『ハムレット』とも関係するのか、「名声」は「死」に関係する(伝道書:「ダビデの息子」によるコレクトへの警句と格言集)。

Ecclesiastes 7:1 KJV - A good name is better than precious - Bible Gateway

「名声」に比べ「名誉」は意外にあっさりしている

zeph: 3:20、1thess: 2: 6、heb: 5: 4
(同で「名誉」を検索:3節)
※name(名辞)が本質的に需要であることを示唆する。
名辞とは - コトバンク 

「嫉妬」はもっとあっさりしているが、

gen:30: 1、prov: 6:34
(同で「嫉妬」を検索:2節)

『オセロ』の筋書きか?と思わせる(『オセロ』に元ネタがあるとはいえ)。

Worthy Montano, you were wont be civil;
The gravity and stillness of your youth
The world hath noted, and your name is great
In mouths of wisest censure: what's the matter,
That you unlace your reputation thus
And spend your rich opinion for the name
Of a night-brawler? give me answer to it.

 

有能なモンターノよ、おまえはいつも礼儀正しい。
若いのに沈着冷静なことは
世間の認めるところ、おまえの
良識ある人々も賞賛している。それがどうしたのだ、
好い評判を捨て
高い評価を投げ出して
夜の狼藉者となるのか。わしに答えよ。

you were wont be civil 「日ごろ作法正しい人だ」were wont [to be] civil "wont" adj. し慣れた、常とする(accustomed)
stillness= staidness. 落ち着き。"gravity" と同じ意味。
mouths of wisest censure= people of soundest judgement.
unlace your reputation "unlace"= undo. "spend" と関連して財布の紐を解く意味に使っているのかもしれない。"unlace" ひもを解く、ゆるめる。
spend your rich opinion for the name Of a night-brawler 「これまでの好い評判を棄てて夜間の狼藉者という悪名を得る」"spend"= throw away. "opinion"= reputation.

Othello Act 2 Scene 3 対訳『オセロ』第二幕 第三場

和訳すると、どうしても焦点がぼやける。

 

このとき、漱石は、「悪」について語る。
一方、「悪」はグノーシス主義を異端とした重要な概念である。
ならば、グノーシス主義では、「名声」や「知恵」はどのように扱われているのか。

グノーシス主義 - Wikipedia

アゴが「禁欲」でロドリゴが「放縦」だろうか。
アゴが「知恵」でロドリゴが「悲惨」だろうか。

自ら求めず、自然(本性)に則り、運命に従うことを綱領としたストア学派にとって禁欲は必要不可欠な訓練だった

禁欲主義 - Wikipedia

デカルト(1596-1650)ならば、ストア学派の影響を受けただろうが、シェークスピア(1564-1616)がどうかは知らない。半世紀ほどシェークスピアが早い。反対ならば、デカルトが諸学の王として君臨していた時代だ(様々な批判はあったが、「デカルトの時代」が70年ほど続いたらしい)。

漱石はイアーゴの造形を絶賛するが、完全でないと言ったらしい。

妻のエミリアを含め、誰の前でも善人に 見せかけているイアーゴが”悪友”とも いうべきロダリーゴにだけ「化けの皮を現はして」いることだというんですね。

オセロ 13の名言⦅英語原文つき⦆シェイクスピアの傑作悲劇を読む | 笑いと文学的感性で起死回生を!@サイ象

これには、疑問で、シェークしピアの筋のシンプルさを考えたら、筋の「決まり事」の詳細を凝らす趣向が面白いのであって、「生きるべきか、死ぬべきか」ではそもそも悩んでいないのと同じではないかと思う。問題を解けずに悩んでいるというよりも、いきなり無茶ぶりをされて、方法を得られず困っているのではないかと思う。なぜなら、答えは「正しく死ぬ」に決まっているからだ。要は、準備不足でドタバタするという話であって、それを大げさに騒ぐからドラマになる。
「あなたはなぜ、ロミオなの」も「名」が問題となっている。「名」は「名声」に通じて、実在を為す(内実を規定する)と考えると、近世(的近代人;中世寄りの人)の一人として(近代寄りの人であって、近代人ではない;キリスト教の自由意志論であって近代的自由意志ではない)デカルトへ近づく。

シェークスピアの考える「悪」とは、或るキリスト教の教義に従って、そのようなものだったと考える方が自然である。つまり、ここでは、デカルトの曲線論と同じで、神の表現が「自ずと現れる」との信念である。
そして、デカルトと同じように、シェークスピアもむやみに近代人と考えられていないだろうか。そんなことは、デカルト同様、まず「ない」と考える。

野上豐一郎 「漱石のオセロ」はしがき

 

夏目漱石先生評釈Othello - 国立国会図書館デジタルコレクション