本当におめでとうございます。
数学の本質は言語作用だと思う。
ポアンカレに代表されるような「直観」は数学の大きな意義を為さしめるものであるが、「本質」と謂った場合には、それは言語作用だろうと思う。
望月の言ったこともそういったことだろうと思う。
だから、普遍的と思われる数学においてすら、足立先生の言うような文化的差異が現れる。
数"學"もやはり、人間の認知能力の限界を示す社会行為だからだ。
👇はもちろん、望月先生の仕事に異議を唱えているわけではなく、よりよく理解するための最初の整理をしていて、興味深い。
数学には厳密さが要求されるが、問題を厳密に理解することが先ず難しい、というお話。
どこかで聞いたような話。
経路積分の計算法は形式的手法であって実在を表していないという批判があり[2](p.127-128)、保江邦夫は経路積分が実在しないし数学的に破綻していると断言している[1](p.67-69)。
経路積分(けいろせきぶん)あるいは径路積分は、リチャード・P・ファインマンが考案した量子力学の理論手法である。ファインマンの経路積分とも呼ばれる。
[1]
経路積分 - Wikipedia[2]
ファインマンはユダヤ人。ユダヤ人は言語感覚に独特のセンスがある。