稽古照今

 

markovproperty.hatenadiary.com

 


落語の筋を読んでも、意味がさっぱりわからないことが、たまたまではなく、しばしばある。とたんオチで有名な『百年目』のあらすじを読んでもなかなか。

落ちがさっぱりわからないわけでもなく、高校の頃、気まずい場面で「久しぶり」と言って怪訝な顔をされたことを思い出すくらいだから、粗忽者の才能はある。
ただ、その程度の理解では、最期の台詞で下がらない。

『これで、百年目かと』
百年目 - Wikipedia
百年目とは (ヒャクネンメとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

とたん落ち  
最後に落ちるとたんに、その落ちのひとことで咄(はなし)全体の筋がうまく決まる
落語の「落ち」の種類(らくごのおちのしゅるい)とは - コトバンク


百という字を習ったときに、「なんで、白に1本線を引いたら百なのか」と誰もが不思議に思うと思うが、これは児戯でもなんでもなく、本当に百は白に一を加えた語義で、白はハクであることから博であり、「広い」であって、謂わば、「一広」という概念量を表わしている※。
※「一尋」は両手を広げた長さのことであって、「尋」の頭の「ヨ」が右手を、足元の「寸」が左手を表わしているからであるが、これに「三(長い髪の毛ーが転じて同じことの繰り返し)」「口」と「エ(工具)」が加わると、まるでラーメンをすすっているような感じになる。

そうして、百年とは、長い間を意味し、人生を意味するようになったらしい。
先ほどの抽象的な「広」は具体的な「人生」に転化したということで、百が「一人生」ならば、人生の毀誉褒貶は「一巻」の絵巻物のごとく、一年目、二年目と指折り数えて、百年目まで数えたその後は、この(指1本分の)間すら残っていないので、もう(=間もなく)「一巻の終わり」というわけである。
要は、先ほどの下げは、『これで、もう一巻の終わりかと』であって、『とたん落ち』であるところの描写が為されて、(人生の)終わりやその瀬戸際、を演じていたらしい。
※町人嚢(1692)三「世間の毀誉褒貶(キヨホウヘン)に依て、人の善悪は定めがたき理なり」(毀誉褒貶(キヨホウヘン)とは - コトバンク)。当時の世界観乃至社会観から言って、口吻に上ることこそ人生、と言っても、それほど違和感がないのでなかろうか。狂言回しのごときこと。

よくわからなかったのが、『俄の稽古』で、実は『俄』というのは幇間太鼓持ち)芸のことらしい。遊びに通じていないとピンとこない。芸者幇間をあげて鑑桜会(舟遊び)をしていたのがすっかり晴れてこの台詞になったのである。

komonjo.rokumeibunko.com


モチーフは、「因果応報」或いは「宿因(宿縁)」くらいになるのではないだろうか。堅物の日常が前(宿ー過去)世にあたり、遊び人の日常が今生(現世)にあたるとすると、あの時点で「一巻の終わり」なら、下げは(闇が)晴れてご来迎になるんじゃなかろうか。
ならば、もうひとひねりして、悪行が「晴れる」、旦那の「晴れ晴れとした顔」が活きてくるのが望ましいのではないかと思う。
「ばれる」 | 分け入っても分け入っても日本語 | 連載 | 考える人 | シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。知の楽しみにあふれたWebマガジン。 | 新潮社
「晴/晴」という漢字の意味・成り立ち・読み方・画数・部首を学習

そうすると、前段の栴檀と南縁草の法話の意味が明瞭になる。

栴檀(せんだん)と南縁草(難莚草なんえんそう)。落語「百年目」。:人生やり残しリスト:So-netブログ
波羅蜜 - Wikipedia
縁起 - Wikipedia

なるほど、モチーフは「縁起」の方が自然に感じられる。
こうしてようやく腑に落ちるというものである。
即ち、いんと思っていたら、えんであったという話で、上手く(ー世界を間に具えて)落ちましたなぁ、ということでございます。


マルクス主義歴史観を離れないとよくわからない 。
普遍的な構造や現存(現実存在)なんかではどうもないようである。
落語の筋を呼んでいると、仏教の知識が乏しいと腑に落ちないことがあるが、それはムカシの人が信心深かったというより(もちろん、今よりはそうであろうが)、むしろ「舟遊び」と同じレベルで庶民文化の一環として取り上げられていると考えた方が、穏当だろうと思う。
日本史では、例えば、どこそこの時代は「天平文化」とか習うのであるが、文化の勃興はキッチュからベタまでの幅広い受け取り方をしたほうがよさそうである。「文化」にも「分布」という分析概念を導入した方がよさそうである。

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

  • 作者:呉座 勇一
  • 発売日: 2016/10/25
  • メディア: 新書
 
日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)

日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)

 

 👆『のらくろ』をどう評価するか。ただの大衆演芸だろうと思う。
モチーフは偶々であって、意味はない。つまり、江戸時代の「仏教」の代わりである。