もうひとつの『山月記』

jun-jun1965.hatenablog.com

分かるような気がする。

赤塚不二夫バカボンシリーズくらいじゃないと読めない。
要は、ナンセンスをやりたかったのだろう。ただ、それは演劇ではなく、だいたい言葉遊びだったように思う。すなわち、『不思議の国のアリス』をやりたかっただけで、週刊誌連載を後年までつづけたがほとんど駄洒落でなかったか。
バカボンシリーズになると、スラップスティックな活劇を意識していたと思う(この違いは、どこかの雑誌で赤塚が言っていたように思う。そして、赤塚自身はだからバカボンに飽きていたのだ)。

 

山上たつひこは変人を描きたかったのだろうと思う。
これは実は「お笑い」としては正当で、今ならオードリーがそれを演っている。彼らはなかなか売れずに、そこに落ち着いたようだ。
山上は変人の描き方がかなり時代がかっている。Wikipediaを見ると、もともとは社会派だったらしく、やたら根詰めているのだ。恐怖感が募ると笑えることに気づいたのは楳図だったが、真面目も過ぎると傍から見て笑えることに気づいたということだ。ただ、そこに後ろめたさが感じられない。影が差しているのは、背景の方である。


【NOTE】
赤塚 不二夫  1935年〈昭和10年〉9月14日 - 2008年〈平成20年〉8月2日)
楳図 かずお  1936年〈昭和11年〉9月3日[1][2] あるいは9月25日[3] - )
山上 たつひこ 1947年〈昭和22年〉12月13日 -

山上の方が旧く感じるのは、テレビ放映の所為だろう。