これって基本的に、

DHMO - Wikipedia

と同じだと思う。結局、言葉による伝達が原理的に不完全なことをよいことに、バイアスがかかるって話で、それは人間の自然な反応に過ぎないってことじゃないかな。

バイアスのかからない人間なんて不自然で、だから誰もが、思い当たる節がある。
反対に、これを取り上げて、どや顔するのは変だ。
(心理実験として評価すべきで、そのまま社会提言にはならない。)

サボタージュマニュアルも、所詮は、「社会の一般的性質」を「ある側面」からとり上げたのに過ぎず、本質的には、エリート/非エリートに分けた判断応力の優劣を問うており、この指示の意義は「側面に着目しろ」であって、それはエリート或いは情報の非対称を前提とした「能動者」たる自負であると思う。

だから、この場合、ウチの組織ってこうだよね、というのは、一般的に謂って、(常に)正しい。

ただし、それ以上のことはない。

 

とは言え、日本の社会は、「現場主義」なので身に迫てくるものがある。
「現場主義」は「現場判断主義」で「現場決断主義」だから暴力が横行しやすい。
共産党なんか、まさにこの通りの組織だよね。本当に。
ただ、彼らはサボタージュでそれをやっているのではない、ただの暴力集団であって。