藤澤清造と横光利一

 

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藤澤清造横光利一の関係を探るにあたって、考えるところがある。

篠沢教授」を採り上げていて、僕らなどは『クイズ・ダービー』を見て知った程度なのだが(そういった意味では、あの番組は、ハイブランドハイカルチャー出身の「篠沢教授」を、サブカル出身のはらたいらが凌駕するという倒錯がテーマだったようだ。)、学習院でフランス文学の研究をしていたことくらいは聞いていた。

それが、川端康成「田園的、写真的、象徴的」、新感覚主義、心理主義云々となるらしい。

それはともかく、私が興味を惹かれるのは、藤澤の経歴に関してであって、雑誌記者でもあり、舞台俳優にもなった藤沢は、松竹キネマと関係したことがあったらしい。松竹キネマには、俳優学校があった。その俳優学校でどんな教科書を使っていたかを見られたら、『根津権現裏』と照合できるのだが、見当たらない。
松竹キネマには、ヘンリー小谷という人が居て、映画の撮影技術をアメリカから持ち込んだらしい。演出も手掛けたようで、それはグリフィスに拠ったらしい。モンタージュで有名だが、「主観」と「客観」の劇的な効果、すなわち視覚のもたらす心理的な効果に関する方法論と言えなくもない。

また小谷の演出法はグリフィス・システムを踏襲していたため、俳優にシナリオもストーリーも説明しない[25]。その場その場で、泣け、笑え、歩け、走れ、などと言い、自然の動作こそ最上で、少しでも行為があってはならないと強調した[17][25]。だから泣けと言われれば、悲しくなくとも涙を出さなければならない。こっぴどく叱られて口惜し涙を流すと、それっと、その大写しを撮るという具合だった[25]。

ヘンリー・小谷-Wikipedia

これがスタニスラフスキー・システムと直接のつながりがあって、藤澤もすでに知っていたならば、藤澤ー横光をスタニスラフスキーで繋げられると思わないでもないが、そういった根拠がない。

即興を用いた実験や、台本を断片と課題に分解する実践など

スタニスラフスキー・システム-Wikipedia

藤澤の関係した舞台でせいぜいイプセンソ連ではなくノルウェイの人だが。)を扱ったかということが知れる程度である。

要旨

 1910年代から40年代にかけての日本におけるスタニスラフスキー・システムの紹介は 主にロシアでの出版物や英語圏における出版物の翻訳によって行われた。そのなかで最大 の出来事はもちろん山田肇によって翻訳された『俳優修業』である。だが、それ以外にも ノヴィツキーやプドフキンの書籍によるシステムの紹介、また1930年における演技論へ の関心の高まりによって様々なシステムに関する文章が翻訳された。それらによってこの 時点では言及されていないシステムの方法も知ることが可能であった。日本では世界情勢 の影響もあり直接システムを学ぶことができない状況にあったが、翻訳によるシステムの 紹介に関しては非常に豊富であったといえる。

日本におけるスタニスラフスキー・システム受容の系譜(2)1) ――第二次大戦前の日本におけるシステムの紹介,内田健介

スタニスラフスキー・システムとの関係を探るために、根津権現裏』を全文検索すると、「もしも」で9か所、(即興から)「即」で5か所である。「さき」の44か所と比べると、明らかに少ない。文脈上の効果としては、どうか。

『日本小説技術史』では、尾崎翠の『第七官界彷徨』を採り上げ、横光の『機械』と比べるのであるが、「モンタージュ」という観点から言うと、「ピンセットの尖」(『第七官界彷徨』)と(ネームプレートの)「機械の尖頭」(『機械』)であって、或いは「細いせんの脚」(『第七官界彷徨』;せん類はコケ類のこと。)といったそういう描写を藤澤のどこに見つければよいのか、「毛を吹いて疵をもとめてあるく」(P.334,『根津権現裏』)とは言っている。これは韓非子らしい。

川端だと

ハーバード大学で長く日本文学・日本文化を講じた板坂元(いたさか・げん)は、映画の手法を取り入れて駒子の睫毛(まつげ)や唇を意図的にクローズアップすることで、島村と駒子の距離感ならびに官能的な雰囲気を言外に表現する斬新さを指摘している。

川端康成:古美術との交響によって名作を生み出した日本文学の金字塔 | nippon.com

となる。川端には

駒子の唇は美しい蛭のやうに滑らかであつた

が『雪国』にあって真似すべき美しい文章と紹介されいる(川端康成に学ぶ美しい日本語の表現5選|文学作品から美しい日本語を探求してみよう | estlinks)。
これなどは、藤澤では、

ぼとぼと步いてくると、しつとりと水氣をふくんだ土が、ちやうど蛭のやうになつて、履きふるしたわたしの駒下駄のそこに吸ひついてきた。

P.42,『根津権現裏』

となる。

山田詠美だと『唇から蝶』になる。