夏目漱石の『こゝろ』は同性愛を描いたか?

という文学史上の有名な問題があるらしい。
そもそも、『こゝろ』とは、どういう作品だったか。

こゝろ - Wikipedia

  • 1914年(大正3年)4月20日から8月11日に書かれた
  • 朝日新聞』の連載だった
  • 「心 先生の遺書」という題名だった
  • 自費出版だった
  • 後期三部作の最後の作品である
  • 乃木希典の殉死に影響を受け執筆した
  • 短編の連作とする予定だった

といった外観である。
「恋愛」という語が生まれたのが、明治25年頃(1892年)ということらしい。

透谷集 - 国立国会図書館デジタルコレクション

元良勇次郎は、明治23年(1890年)に愛情について、「同情」「欽仰」「固着」の三要素から、「両性の愛情」「親子の愛情」「朋友の愛情」「愛国心」を説明した。

心理学 - 国立国会図書館デジタルコレクション

ヨーロッパには、

オットー・ヴァイニンガー - Wikipedia

リヒャルト・フォン・クラフト=エビング - Wikipedia

の両名が居て、オットー・ヴァイニンガーは哲学者で、リヒャルト・フォン・フラフト=エビングは医学者である。

日露戦争明治38年・1904年ー明治38年・1905年)の翌年に、ヴァイニンガーの著作『男女と天才』(明治36年1903年)を翻訳したのが、片山孤村でドイツ文学者である(明治39年1906年)。
明治41年(1908年)に「出歯亀事件」が起こって、巷間を賑わした。
クラフト=エビングの著作『性の精神病理』(明治19年1886年、当時の日本版は『変態性欲心理』)は明治年間に翻訳されたが発禁処分になったようで、大正2年(1913年)版も見られない。
なぜか、『色情狂編』(明治27年・1894年,法医学会訳)は見られるが、同性愛に関係はなさそうである。
クラフト=エビングは忘れられているが、ひとつには、同性愛に関するフロイトの理論が席巻するまで支配的になったためらしい。
フロイト関連では『變態心理学』(大正7年・1918年,イサドール・エッチ・コーリアット著,佐藤龜太郎訳)が翻訳されているが、同性愛について言及しているかどうかわからない。
クラフト=エビングの仕事については、泌尿器科の医師、羽太鋭治が、『性欲生活と両性の特徴』(大正9年1920年)での解説がある。
同年に、澤田順次郎が『神秘なる同性愛・上』(〃)を著している。
大正9年1920年)を境に、国立国会図書館のデジタルコレクションでの「同性愛」で検索できる文書の解禁となっているようだ。すなわち、大正9年(1920年)以前のことが、よくわからない。
なぜ、この年なのか、よくわからないが、『資本論』を完訳した高畠素之が『資本論』(第1巻第1分冊)を出版したのも1920年である。
なお。大正3年(1914年)ー大正7年(1918年)に第一次世界大戦が起こっている。

大戦争を経験して、「変態」と「孤独」が、社会問題となり始めたらしい。
穂積などの高名な法学者を始め、数々の識者が議論をしている。

森鴎外は『ヰタ・セクリアリス』で「出歯亀」を取り上げたらしい。

主人公の哲学者・金井湛(かねい・しずか)が、高等学校を卒業する長男への性教育のための資料として、自らの性欲的体験についてその歴史をつづる内容

ヰタ・セクスアリス - Wikipedia

なぜか「哲学者」が「性教育」をする内容となっている。
今あげた著作の語彙を比べてみると、それぞれ異なる。

「同種性欲」(1906年『男女と天才』,片山孤村訳)
「変態性欲」(1920年『性欲生活と両性の特徴』,羽太鋭治)
「同性愛」(1920年『神秘なる同性愛』,澤田順次郎)

 

性欲生活と両性の特徴 - 国立国会図書館デジタルコレクション

神秘なる同性愛. 上巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション

色情狂編 - 国立国会図書館デジタルコレクション

男女と天才 - 国立国会図書館デジタルコレクション

片山孤村 - Wikipedia

羽太鋭治 - Wikipedia

澤田順次郎 - Wikipedia

高畠素之 - Wikipedia

出歯亀 - Wikipedia

 

といまぁ、こういう状況であったらしい。
漱石にして「在り得る」と思うが、それほど明確な意図で書かれただろうか。
というのは、シェークスピアの『オセロ』を見ても、love you/love theeに関して、you/theeの区別はあるが、loveについての区別があるのかよくわからないからだ。
反対から言うと、loveは、you/theeで決定する実在的な様相と考えたくなってくる。
要は、それだけでは名指しできない曖昧模糊とした概念だ。
論理的には「アマルガム」、倫理的には「平均」と言えばよいか。
それだけで何かと言えない何かである。

"Ilove you"と言いあった(署名の上に記した)男性同士の手紙を集めた方が、確実であると思う。
それは必ずしも同性愛でなかっただろうと思っている。
かといって、同性愛が「なかった」とも思えない。