One who loves the truth and you,and will tell the truth in spite of you.-Anonymous                    武者小路実篤19

 

 

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ロンギノス『崇高について』の翻訳から

他の男に嫁いだ従妹をベールをとる儀式(18)のさなかに奪いとったアガトクレオスについて、ティマイオスは言う。「眼の中に処女をもった男の誰がこんなことをする。ただ眼に娼婦をもつ男だけがするのだ。」

(18) 長くつづく婚儀の三日目に行なわれる儀式である。

小田実. 崇高について 【小田実全集】 (Kindle の位置No.1005-1008). 講談社. Kindle 版.

まず、眼について。

  ヘロドトスにも似たようなことがあった。美しい女性のことを「眼の苦しみ(21)」と彼は言いあらわすのだ。彼の場合、このことばを口にしたのがもの知らぬ外国人で、しかも酔っぱらったあげくに言ったことばだと情状酌量できる。しかし、たとえこのような人物の口から出たことばであったとしても、つまらぬ心の動き から後世に恥をさらすようなことをするのはよくないことだ。

(21)ヘロドトス「歴史」五巻一八

小田実. 崇高について 【小田実全集】 (Kindle の位置No.1013-1017). 講談社. Kindle 版.

オセロは、当時のイギリスにあって、差別の対象となっていない珍しい例だとよく言われるが、実は、必ずしもそうじゃないということがわかる。

 これは、「もの知らぬ」者への『ハムレット』のハムレットダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』のフライデーへの言葉と比較できる。

実は、オセローは「賢い」と思われていないところが、キリスト教が、引っ張り上げている。すなわち、「アリストテレス批判」の文脈で考える時、新プラトン主義が挿入されている可能性を見出すことができるかもしれない。そこで、シェークスピアの、カトリック/プロテスタント(国教会)へのどっちつかずの態度が焦点となる。
夏目漱石は、ウィリアム・グレイグの薫陶を受けたので、国教会寄りだろうと思う。

ウィリアム・クレイグ - Wikipedia

さて、漱石が悩んだ、心臓問題だが、

(p.43,第1章第3場,夏目漱石先生評釈Othello - 国立国会図書館デジタルコレクション

さて、 快楽は人間にとっての悪魔の餌だが、舌は味の判定者だ。心臓は血脈の結び目、あるいは、血液のわき出る泉だ。そこを出て激しく血液は全身をめぐるのだが、ところどころの守衛所に立ち寄りもする。」そしてこれらのからだのなかの回路は彼の言い方で言えば、小道だ。さらには、「恐怖のなかで、あるいは怒りに駆られて心臓は高鳴るものだが、そのときにはついにはからだじゅうが燃え上るのだが、それを防ぐものとして、肺はつくられたの だ」と彼は言う。「肺はやわらかくて血がない上に、なかにがあいていて、怒りが燃えたぎったときでも、心臓が激しく動いても傷つかないための緩衝材となる。」

小田実. 崇高について 【小田実全集】 (Kindle の位置No.1676-1681). 講談社. Kindle 版. 

アリストテレス『ニコマコス倫理学』でもおなじみの「快楽」であるが、なんと、肺に「穴があいていて」怒りを鎮める(peace[pi:s]する―pierce[piəs]、piece[píːs]に続く第三の「ピース」だが、聴くとどれほどの違いがあるのか―)という。なんとも意外な事実が判明した。そら、わからん。ただ、どのような穴かがわからない。ひとつの可能性。

peace | ロングマン現代英英辞典でのpeaceの意味 | LDOCE

pierced through the ear 「耳から(聞いた言葉で)慰められた」"pierced"= penetrated with a smoothing power. しかし、ここは "piece" とした text も多い。

Othello Act 1 Scene 3 対訳『オセロ』第一幕 第三場

Wikipediaの英語版のリンクを辿ると、

On the Sublime - Wikipedia

なんと、もっと意外な事実が判明した。これは驚いた。
"pores"だったのだ。毛穴のことらしい。

pleasure is evil's bait for man, and the tongue is the touchstone of taste. The heart is a knot of veins and the source whence the blood runs vigorously round, and it has its station in the guard-house of the body. The passage-ways of the body he calls alleys, and "for the leaping of the heart in the expectation of danger or the arising of wrath, since this was due to fiery heat, the gods devised a support by implanting the lungs, making them a sort of buffer, soft and bloodless and full of pores inside, so that when anger boiled up in the heart it might throb against a yielding surface and get no damage.

[Longinus], On the Sublime (2)

別訳(ギリシア古語をフランス語に翻訳したものを、英語へ機械翻訳するらしい。)

That voluptuousness is the beginning of all the misfortunes that happen to men. That the tongue is the judge of favors. That the heart is the source of the veins, the fountain of the blood which from there carries with rapidity in all the other parts, and that it is placed in a fortress guarded on all sides. He calls the pores narrow streets. The Gods, he continues, wanting to sustain the beating of the heart which the unexpected sight of terrible things, or the movement of anger which is of fire, usually cause him; they put under him the lung, the substance of which is soft and has no blood: but having little sponge-like holes in it, it serves the heart as a pillow, so that when anger is inflamed, it is not disturbed in its functions.

DeepL Translate: The world's most accurate translator)で翻訳

乱痴気騒ぎは人に起こるすべての災いの始まりであること。舌は好意を判断するものであること。心臓は静脈の源であり、そこから他のすべての部分に急速に運ばれる血液の泉であり、それは四方を守られた要塞に置かれていること。彼は毛穴を狭い道と呼ぶ。神々は、恐ろしいものの予期せぬ光景や、火のような怒りの動きが通常引き起こす心臓の鼓動を維持することを望み、彼の下に肺を置いた。肺の物質は柔らかく、血液を持たないが、小さなスポンジ状の穴があり、心臓を枕にして、怒りが燃え上がるときに、その機能を妨げないようにするためである。

Itinera Electronica: Du texte à l'hypertexte

小田実訳「回路」、W.H,Fyfe(1927)訳"passage-ways"が、こちらだと(機械英訳で)"pores"になっている。元の仏語でも、"pores"と"trous(de petits trous en forme d’éponge)"になっている。

trou d'une aiguille|針の穴

trou(フランス語)の日本語訳、読み方は - コトバンク 仏和辞典

という例もあるのだが、一概に何とも言えない。

(古?)ギリシア語では"pores"が"διαδρομὰς"、"trous"が"σήραγγας"らしい。

Chapitres[27]
δορυφορικὴν οἴκησιν κατατεταγμένην· τὰς δὲ διαδρομὰς τῶν πόρων ὀνομάζει στενωπούς· τῇ

HODOI ELEKTRONIKAI: Du texte à l'hypertexte

Chapitres[27]
ἐνεφύτευσαν, μαλακὴν καὶ ἄναιμον καὶ σήραγγας ἐντὸς ἔχουσαν ὁποῖον μάλαγμα, ἵν´

HODOI ELEKTRONIKAI: Du texte à l'hypertexte

Longus : traité du sublime

ただ、

(p.243,第5章第2場,夏目漱石先生評釈Othello - 国立国会図書館デジタルコレクション)
これに繋がってくる。

OTHELLO
Had all his hairs been lives, my great revenge
Had stomach for them all.


オセロ

たとえ奴が髪の毛ほどたくさん命を持っていたとしても
おれの復讐心は全部食い尽くしても食い足りないほどだ。

lives= living things.
Had stomach = would have appetite. / would have had appetite (to consume them all)

Othello Act 5 Scene 2 対訳『オセロ』第五幕 第二場

「耳」はどうなのか。

彼はわたしには神にひとしく見える
あなたとむきあっているその人は。
あなたのそばに坐り、あなたの甘美な声を、
        聞いている。
あなたの魅惑の笑い声、
わたしの胸のうち、 心臓はたかなり、
あなたを少しでも見れば、すぐさま、
        わたしは声を失い、
舌は裂ける。たちまちかすかに
焰が皮膚の内側を流れ、
眼は何ものも見ず、
        聞くはただ耳鳴り。
激しく流れる汗、全身をとらえるふるえ。
頰は草よりも蒼ざめて、このわたしの姿、
        息もたえだえでいる。
(しかし、すべては愛のなせる業、愛の奴隷の(42))

(42)一行。不完全な一行で意味不明。意訳。あるいは推量訳。このまえの一行も、よくわからぬとする英訳者もいる。

小田実. 崇高について 【小田実全集】 (Kindle の位置No.11751182). 講談社. Kindle 版. 

これは「意味不明」なんだけれど、説明が続く。

 しかし、「アリマスペイア」を書いた詩人(43)は、次のようなものが心を畏怖させると考えている。

途方もないことがあったぞ。ほんとうのところ、このたいへんなことには心がたまげた。
なにしろ人間が陸地を離れて大海原にひろがる水の上に住んでいるのだ。
彼らはなんと憐れなことか、仕事はきつい上に、
眼は星を見守り、心を至すはつねに海の動き、
しばしば神にむかって手を高くあげて祈るが、
体内にあるものすべてがゆれ動きながらだ(44)。


(43)この詩の作者は紀元前六~七世紀のプロコンネソスの詩人のアリステアス。ヘロドトスによれば(四巻一三─一四)、彼は七年間不可解な失踪をとげたあと、突然帰ってきて、たがいに戦争をくり返す北方の民族についての叙事詩を書いた。その民族のひとつが、ここに言われているアリマスポイ人である。この詩を書いて、彼はまた姿を消す。そうヘロドトスは伝えている。

(44)大嵐が孤島を襲う。島の住民、たぶん、アリマスポイ人の視点でそのさまを書きあらわしたものでないか。

小田実. 崇高について 【小田実全集】 (Kindle の位置No.1191-1192). 講談社. Kindle 版. 

Arimaspi - Wikipedia
イッセドネス人 - Wikipedia

「激情」から「畏れ」へ繋ぎ、「嵐」から「死」を結び付け、最終的に、マケドニアのエラティア侵攻時の「それはまさに夕刻であった」(マケドニアとの開戦決める市民集会での演説の冒頭文)で「ロゴスを崇高にすることができるもの」を説明した第10節を、ロンギノスは締めくくる(『崇高について』は第44節まである)。
ここらで、著者の設定したキンドルのコピー制限がかかるのでお仕舞にする。


節とは - コトバンク

こういう文章の区切りは「節」でよかっただろうか?
こういったところで、教養の多寡が問われてしまう。